15話 誤解だと言っても信じてもらえないときはどうしたらいいでしょうか?

 レンオアムを見下ろし、上空を通過する。というかフェイの羽毛は人をダメにするやつだ。


「うにゅう……」


 ナージャが幸せそうな顔で俺にしがみついて眠っている。


 ふかふかで温かくて、晒い日差しは柔らかく降りそそぐ。これで眠くならなかったら嘘だ。




「主殿。少し先で戦いが起きているようです」


「ん? わかった。とりあえずそっちに向けて進んでくれ」




 意識を額に集中する。第三の眼を開き、意識を広げた。この速度で行くと数分で視界にとらえることができる。


 やたら豪華な装飾がされた馬車が疾走している。その周囲を盗賊っぽい騎馬が追いかけていた。




 さすがに戦闘となればナージャを寝かせているわけには行かず、申し訳なく思いつつも起こすことにした。


「助ける?」


「むしろそれ以外の選択肢が見当たらないよね?」


「うん、そうだね」


 ナージャは若干寝ぼけモードだ。


「主殿。急降下して蹴散らしますか?」


 フェイの姿を見せるのはあまり良くない。よって俺が単独で突っ込むことにした。


「とりあえず俺が行く。やばそうだったらフォローよろしく」


「了解です」「はーい」


 ナージャとフェイは軽く答える。


 俺は飛翔魔法を唱えつつ、フェイの背中から飛び降りた。


 空中で魔法を発動させる。


「風よ、我が意に従え! フライ!」




 すると、怪しげな集団の中に魔法使いがいるのか、俺の魔力の波動を感じ取ったようだ。


「なんだ!?」


 上空から見下ろす俺に驚きの声を上げる賊たち。


「空を飛んでるだと!?」


「馬鹿な! 飛翔魔法を単独で使うだと?!」


 とりあえず足を止めてやることにした。


「魔弾よ、敵を撃て! エナジーバレット!」


 騎兵の目の前に魔弾を炸裂させる。半数はバランスを崩したが、残り半数は避けた。


 この時点で並みの騎手じゃない。それこそ、騎士クラスの技量だ。




 敵をかく乱できたので、馬車と並んで飛ぶ。


「なんだ、何が起きている!?」


 御者は混乱状態だ。


「えーっと、すいません」


「は、はい。今取り込み中なんですが……って、うえええええええ!?」


 普通に話しかけてみたら普通に返答が返ってきかけて、そのあと絶叫された。


「何事です!」


 馬車の窓が開き、なんというか、やたらゴージャスな少女が顔を出す。すっげえ、縦ロールとか初めて見たよ。


「あ、すいません、とりあえず助けようと思うんですけど、奴らふっ飛ばしていいですか?」


「……え? じゃなくて、お願いいたしますわ! このお礼は後程、いかようにも!」


 縦ロール少女が固まっているが一瞬で再起動を果たして、こちらに返答をよこすあたり、御者よりも大物だ。さらに報酬の話を載せてくるあたり素晴らしい対応と言わざるを得ない。


「了解!」


 そう告げると俺は反転して追手の方に向けて加速した。


「飛んで、ますわね……」


「ええ、飛んで、おりますなあ……」


 後には呆けたように会話する少女と御者がいた。




「と言うわけで、俺が代わってお仕置きだ! くらえ、エナジーボルト!」


 すれ違いざまに魔弾を叩き込む。一人だけ防御に成功したやつがいた。


「くらえ! フレアアロー!」


 炎の矢を連射して迎撃してくる。が、たかが人間の放つ魔法では龍の防壁は突破できない。


 俺に当たる前にむなしく霧散していく。


「とりあえず次は……物理で殴る!」


 すれ違いざまに平手で叩き、馬から叩き落した。




 追手が来ないと判断した馬車は徐々に速度を落とす。というか、馬が限界だったのだろう。そのまま道の端に寄せて停止した。




 馬車から降りて来た金髪縦ロールの少女は、にっこりと笑みを浮かべ話しかけてくる。


「ありがとうございます。おかげで助かりましたわ」


「いえいえ、通りすがりのついでです」


「そうですか。ただこちらが命を救われたのは事実です。レンオアム侯爵家の名において、必ずこのお礼はさせていただきます」


「そうですか。でしたら遠慮なく」


「ええ、何をお望みでしょうか? ああ、わたくしとしたことが。命の恩人に名乗ってもいませんし、お名前を聞くのを忘れるとは」


 なんか一人でまくしたて始めた。この人なんか苦手だ。


「わたくしはレンオアム侯爵家息女、ヒルダと申します」


「は、はあ。ご丁寧にどうも」


「それで、あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「ああ、俺……いや、私はティルの村のアレクと言います」


「ティルの村……先日魔物の襲撃にあった?」


「ええ、ちょっとそのことでごたごたがありまして、王都に向かう途中なんですよ」


「って、お待ちください。ここはレンオアムの南です。ティルの村からはひと月以上かかりますわよ?」


 うん、そうだよね。というか、この人も侮れない。ひと月以上かかる距離の先の情報を握っているわけだから。


 と言うあたりで、頭上にモフっとした感触が落っこちてきた。フェイが俺の頭の上で丸まっている。さらに左腕になじみのある温度と感触がくっついてきた。見るまでもなくナージャだ。




「アレク……うー!」


 なぜか涙目でナージャがこちらを睨んでくる。


「どうしたの?」


「アレクが浮気した……」


「いや、してないよ?」


「そっちのお嬢様と仲良く話してた」


「うん、そうだね。だけど浮気じゃないよ?」


 自分の存在をアピールするかのように俺の腕に抱き着いて離れない。ふにゅんふにゅんとした感触が俺の脳天を刺激する。


 その姿を見て少女はぐっと胸を突き出した。その目線はナージャの胸元に注がれ、余裕の笑みを浮かべる。


 ついナージャより立派だと思った瞬間、ピンポイントでつま先を踏み抜かれた。


「……グッ!」


 悲鳴を噛み殺す。脳内で声が響いた。「ナージャを守るための力じゃぞ? ナージャからの攻撃は素通しに決まっとる。逆にナージャを傷つけることはできんのじゃ」


 うん、それでいいんだけど、お義父さん、なんでそんな憐れむような口調なんでしょうか……?




「うふふふふー。浮気者は……チョッキンしましょうねー」


 ナージャの目つきが逝っている。と言うかどこを!?


「ふ、何を言っているんだい? 俺はナージャを愛してるんだ。世界には君さえいればいいんだよ」


 歯の浮くような台詞を真顔で投げかけた後、微笑んで見せる。ゴンザレスさんにもらった女の子を口説く本の成果だ。


 こうかはばつぐんだった。ナージャは顔を真っ赤にしてくねくねしている。なぜかヒルダ嬢も顔を赤らめていた。


「……っく、なかなかやりますわね」ってなんの話ですか?




 俺は天を仰いだ。フェイだけが、俺を癒してくれる。そう思えた。


「主殿。強く生きるのです」


 何の解決にもなっていなかった。

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