閑話 とある冒険者の回想

 俺はゴンザレス。しがない冒険者だ。


 冒険者と言うといろいろと言われるが、世間一般で言う「かっこいい」冒険者ってのはほんの一握りだ。一つまみでもいいかもしれん。


 食うや食わずのならず者から流れてくる奴もいるし、はっきり言えばまともではない人間も多い。


 それでも気のいいやつもいるし、俺はパーティの連中のことを家族だと思っている。




 アレクもそんな一人だった。冒険者だからなんか飛び抜けたスキルがあるやつはめったにいねえ。むしろ、使い道のないスキルをなんとかしようとしてなるやつも多いくらいだ。


 そしてアレクには……スキルが全くなかった。




 スキルってのは神様の加護が形になったもんだって言われてる。それがないってことは、この世じゃ見捨てられたも同然ってことで、あいつに対する風当たりはすごく強かった。


 無能ってのは未だましな方で、意味もなく悪意を向けられていたこともある。


 加護が無いということは神に見捨てられた。要するに、あいつなら何をしてもいい。そんな極端な考えをするやつもいたからな。




 だからってわけじゃないが、俺はあいつのことを気にかけていた。スキルがないことに腐ることもなく、自分の境遇を嘆いて自棄になるわけでもない。


 自分の仕事を確実にこなそうとする姿勢が気に入っていたんだ。




 それにだ、誰も気づいていないようだったが、あいつにはスキルとしか思えない能力を発揮することがあった。悪意あるトラップや魔力に非常に敏感だった。


 格上のモンスターが出るような場所には近寄らないし、ダンジョンなんかでも待ち伏せやトラップはほぼ確実に回避する。


 はっきりと言えば突撃するしか能のない連中よりも役に立っていると思っていたくらいだ。


 それを言っちまったらいろいろまずいってのはさすがに俺でも理解しているけどな。




「ゴンザレスさん! いつまであの無駄飯ぐらいを置いとくんですか!」


 また来やがった。責める口調ではあるが、こいつなりにアレクを気遣っているのはわかってる。冒険者として芽が出ないやつに、これ以上危険な仕事をさせるなと言っているんだ。


「ああ、わかってるよ。ただな、アレク以上にきっちり雑用をこなす奴がいるか?」


「そんなもん俺だって……」


「そうか? この前見張り中に居眠りしたのは誰だ?」


「う……けど、アレクが起きてたって何の役にも立たねえじゃないか?」


「大声で俺たちを起こすくらいはできるだろうぜ。後は、てめえらが作る飯はまずいんだよ!」


「いや、俺たちは冒険者だぜ?」


「だから何だ。冒険者だから飯がまずくてもいいってのか?」


「……そうは、言わねえけどよ」


「まあ、あれだ。お前は口は悪いが、アレクを気遣ってるってのはわかってる」


「いや! 俺は、別にあんな奴の事なんざ……」


「だからだ、次のクエストが終わったら、俺からあいつに話をする」


「……ああ、すまねえ」


 俺はこいつの肩をポンっと叩くと、久しぶりに頭をガシガシ撫でてやった。


 こいつはガキの頃から俺のパーティにいる。もっとランクの高いところに移籍してガンガン稼げって言っても行きやがらねえ。


 アレクもこいつも、息子みたいなもんだ。どっちを選べって言われても、なあ。




 アレクと話をした。少し悲しげな顔をされたが、自分でもわかっていたんだろう。最後には笑顔でうなずいてくれた。


「じゃあ、故郷に帰って嫁さんもらって、のんびり過ごしますよ」


「へっ、あてはあるのかよ?」


「ええ……幼馴染の子がいまして……」


 そう言って少し顔を赤くして答えたアレクは、少し大人びて見えた。




 アレクが行ってしまってから3か月ほどが過ぎた。


 ギルドマスターが少し悩んでいるようだ。


「どうしたい? なんか困った依頼でもあるのか?」


 ギルドマスターの爺さんがぺらっと依頼書をこちらに滑らせてきた。


「ああ、これなんだがね……?」


「ふーん……って、ティルの村?!」


「ああ、アレク坊やの故郷だな。なんかきな臭いらしい」


「俺のところで受ける」


「……報酬の欄を見たか?」


「金じゃねえ」


「すまん。ギルドで最大限の支援体制をとる。実はな……」




 マスターの話は多少の驚きと納得を持って俺に伝わった。


 龍信仰のあついうちの国の隣には、竜を素材と言うか、資源のように考えてる連中がいる。たしかにドラゴンの身体は余すところがないほど、上質の素材となる。


 龍とは別のカテゴリ扱いされている竜がいて、討伐依頼が出ることもある。注意すべきは、どこかの上位龍の眷属じゃないかってことだ。


 もしそう言うのに手を出してしまったら……大惨事だ。眷属を攻撃された龍は、メンツにかけてその相手を追い詰める。


 「龍」と「竜」の違いってのはある一点に尽きる。それは人間の手に負えるか負えないかだ。


 だがそれでも、龍殺しの武器を開発したかの国は、龍を付け狙う。龍を倒せる武器を人に振るえばどうなるかは明白で、その力を持って他国を征服しようとしているというわけなのだろう。




 ティルの村までもう少しっていうところで、俺たちはモンスターの奇襲を受けた。


「円陣を組め!」


「「おおおおう!!」


 襲ってきたのはゴブリンだ。数は多いが撃退はできると思っていた。


「くそ、なんてこった! しつこすぎる!」


 倒されても倒されても、何者かに操られるかのように襲い来る。最初は余裕で撃退していたのが、数の暴力に負けつつあった。


「ひるむな! 助けが来るまで持ちこたえろ! アレクが応援を連れてくる!」


 アレクの名前を聞くと仲間たちはふっと笑みをこぼす。


「ふん、アレクに助けられてあいつに恩を着せられるなんて御免だ!」


「そうだな! 先輩の意地ってやつを見せてやろうぜ!」




 そうして、何とか逃がしたヒヨッコは、何とか村にたどり着いていたようだ。


 ゴブリンどもの包囲網の外側から攻撃が加えられた。その先頭には……アレクがいた。


 片手剣を振るう姿が妙に様になってやがる。少しにじむ視界をごまかしつつ、殿に立って仲間を鼓舞する。


 撤退戦を覚悟していたが、なぜか追撃はされなかった。ただ、底冷えのするあのゴブリンキングの声が事態の深刻さをより感じさせるものだった。




 そして、村での防衛戦。久しぶりにスキル「剛力」を使ったが、負担がでかい。体が悲鳴を上げている。それでも仲間が死ぬよりはいいと割り切って、限界を超えても体に鞭打って戦い続けた。




 救いの手は思いもよらない顔をしていた。アレクがとんでもない魔力をまとって……空を飛んでいる。


 空に手をかざしたと思ったら魔力弾が四方八方に飛んでゴブリンの軍勢を蹂躙した。


 そして、キング相手に遊んでやがる。負けはないと確信した瞬間、俺の意識は闇に閉ざされた。




 ゴブリンキング襲撃から数日。俺はとりあえず起き上がれるようになったので、村の復興を手伝っている。ギルドマスターは約束を守ってくれた。ただ、ギルド幹部の一人が何かやらかしたようで、どっかに逃げたとの情報を得た。これは早速トラブルの種となったので、とりあえず貴族絡みだし、マスターには事情を説明するとともに解決に根回しを依頼した。


 これが王都でアレクの援護になればいいんだがな。




 俺は今日もアレクの留守を守ってティルの村の巡回を始めることにした。


 あいつは今頃どのへんだろうか? 王都でまたおかしなことになっているんだろうと思うと、少し笑みが漏れてきた。

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