14話 王都へ

 暴発しそうになった俺をとどめてくれたのはナージャだった。




「アレク、だめ。ここでこの人を消し飛ばしても何の解決にもならないわ」


 うん、消し飛ばすの前提とか俺のことをよくわかってる。


「じゃあ、どうしたら?」


「とりあえずジークさんに任せましょう」


 ふと気づくと、ジーク爺さんが子爵と交渉を始めていた。


 なるべく税を納められるように努力する。期日はいつもの時期で問題ないか、などと条件をすり合わせている。


 ナージャを渡さないために無理難題を少しでも和らげようとしてくれていた。




「ふう、何とか引き延ばせたわい」


「爺さん、すまない。ナージャのために」


「何を言うか。ナージャちゃんがいなかったら死んでいた奴が大勢おるわい」


 と言うあたりで周囲の冒険者や村人たちがうんうんと頷いている。


「それにじゃ。アレクがおらんかったら、わしらみんなゴブリンの腹の中じゃ」


 と言うあたりで笑いが起きる。いや、笑うところじゃないよね?




 その晩。どうやってこの問題に対処するかの話し合いがもたれた。


 まずありがたいことに、俺とナージャを引き渡すという選択肢は最初からないそうだ。


 短期的にお金を稼いで、税を納めること自体はできなくはない。ただ、それをやっても次はもっとひどい難題をけしかけてくるだろう。


 そうなると、あとはどうするかという話で、案が出た。




「王都で訴え出るのが間違いないだろうな」


「王都?」


「ああ、俺も若いころに一度行ったことがあるが、貴族の横暴を訴え出る役所があったはずだ」


 ゴンザレスさんの言葉に皆喜色をにじませる。何とかなるかもという希望だ。


「問題はいくつかある。まず、ここから王都まで軽く2か月はかかる」


 レンオアムから1か月ほどの距離だという。乗合馬車を乗り継ぐにしても、2か月は最低かかる計算だ。


 そして、もう一つの問題。納税の期限が1か月後と言うことだ。


 往復に4か月かかるし、手続きにもどれくらいかかるかわからない。


 手段としては最もまっとうだが、いきなり暗礁に乗り上げてしまった格好だ。




「主様、わたくしの事をお忘れか?」


 寄り合いから帰ってぐったりしているとフェイが話しかけてきた。


「おう、ちょっと問題がな」


「ええ、屋根の上で聞いておりました。わたしの翼なら数日で王都まで行けますぞ?」


「それだ!」


 とは言えども、フェイのことを明かすのはまた問題が出そうであった。


「いいんじゃない? 別に。たぶん大丈夫よ」


 ナージャはのほほんとそんなことを言ってくる。……方法はこれしかない、か。




 と言うわけで、翌日の寄り合いにはフェイを連れて行った。森で拾ってきた謎生物と言う扱いだが、子供たちの相手をしてくれており、村人からはかわいがられていた。




「アレク、そいつは一体?」


 とりあえず、俺とナージャを載せられるくらいまで大きくなってもらったフェイを連れて、寄り合いの場所になっているジーク爺さんの家に向かった。


「うん、フェイだよ」


「「は、はい?」」


 ここでかいつまんでフェイの事情を説明する。龍王の騎士になったことで、その魔力を扱えること。その魔力を使って自分の配下に入っている、ドラゴン族であるということをだ。


「はー、アレク、おめえってやつは……」


 ゴンザレスさんもさすがに驚いていた。


「ドラゴンを飼いならすとかとんでもねえな。ってフェザードラゴンってことは……飛べるってことか!?」


「ええ、俺とナージャを載せて王都へ飛んでくれます」


「龍信仰のあつい国だ。ドラゴンを従えている龍の騎士となれば……アクセル卿以来か」


「はは、あんな英雄と比べものにはなりませんけどね」




 と言うあたりで、ジーク爺さんが妙に複雑な表情を浮かべる。


 そういえば、ジーク爺さんは爺ちゃんの親友だったよな。




「よい。アレク。お前に頼もう。何から何まで頼りきりですまんのう……」


「いいんです。この村は俺の故郷で、ずっとここで暮らしたいですから」


「では、手紙をしたためよう。わしの孫は王都で働いておるのでな」


 と言うあたりで、マークが話に入ってきた。


「ジーク爺さん、引退したら王都で隠居のつもりだったのかあ」


「いいじゃろー。わははははは!」


 ふんぞり返るジーク爺さんと笑みをこぼすマーク。この暖かい雰囲気を壊したくなかった。




 家に帰り、ナージャとともに旅の支度をする。


「うふふふふー」


 上機嫌なナージャだが、このたびの大変さを理解しているんだろうか?


「ナージャ、遊びに行くんじゃないんだぞ?」


「ええ、わかってるわ。けどね、アレクと旅に出られるなんて夢のよう!」


「ナージャ……」


 ふと見つめあう。明日早朝の出発でなければ、準備をほったらかしていつまでも見つめあっていたい気持だった。


 フェイが「クルルル」とのどを鳴らさなかったら、朝まででも見つめ合っていたかもしれない。


「っといかん。荷物はこんなもの?」


「保存食をもう少し持っていきましょうか」


「了解」


 そんなこんなで夜は更けていった。




 翌朝。村人とゴンザレスさん率いる冒険者たちの見送りを受けて、村の広場に立つ。


「これを王都の騎士詰め所に出すがいい。孫の名前はシリウスじゃ」


「わかりました。必ず良い結果を持ち帰ります!」


「ああ、アレクなら大丈夫じゃ」


 にっこりと笑うジーク爺さんは、まるであの日の爺ちゃんのようだった。




 フェイの背中の上によじ登る。ふわふわの毛並みに埋もれると、そのまま眠ってしまいそうなくらい心地よい。


「じゃあ、みんな、行ってくるね!」


 ナージャが笑顔で手を振る。俺も自警団のメンバーに向けて親指を立てた拳を向けて、互いの幸運を祈った。




「では、行きますよー」


 のほほんとした口調でフェイが宣言すると、フェイの体を覆う毛並みに魔力がいきわたりだす。


 そして、軽く地を蹴ったと思ったら、何もない場所を踏みしめて、空へと駆け上がる。


 魔力解析での分析では、空気を操って固まりを作り、そこを踏みしめているのだが、同時に毛並みで気流を操り、前に進む力に替えている。




 上空から見る景色は美しく、晩冬の平野はところどころに雪を残していた。そのまま南へ向け、フェイは加速してゆく。


「わあああああああああああああ!」


 ナージャは空から見た景色に歓声を上げていた。

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