13話 復興を始めようとしたらなんかえらいさんが乗り込んで来た

 その夜、と言っても俺は丸二日眠っていたらしい。フェイも俺の周囲を動こうとしなかったらしいとナージャから聞いた。


 冒険者たちはひとまず村の復興の力を貸してくれるそうだ。




「俺たちはアレクに命を救われた! じゃあ、その恩を返すのは当たり前だよな!」


 ゴンザレスさんの一言に、異を唱える者はいなかった。全員がこぶしを突き上げ、賛同の雄たけびが上がったそうだ。




 森は普段通りの雰囲気を取り戻したらしい。森の方に警戒の目を向けていることに気付いたゴブリンキングが、村を迂回して森から反対方向に回り込み、攻め入ろうとしていたことはうちの村だけではなく、近隣にも衝撃を与えた。




 それぞれの村では、防衛設備の構築や警戒に、冒険者を雇い入れ始め、この北の地は好景気に沸いている。


 うちの村は、ゴブリンキングの討伐と、そのほか亜人種の討伐功績がギルドに認められ、それなりの褒賞が出たようだ。




 そうそう、この村の村長は実はこの辺の領主の一族で、異変を感じたあたりでジーク爺さんに村の防衛を丸投げして逃げ出していた。ある意味危機管理ができている。


 何かあれば館に立て籠もることを了承させた辺りはジーク爺さんのファインプレーだった。


 結果として、冒険者や自警団にけが人は出たし、館以外の外周部はモンスターに踏み荒らされたが、死人は出なかった。




 この死人が出なかったという結果が、悪い方に転がるとは、この時の俺には思いもよらないことだった。




 ゴンザレスさんは、春まで村にとどまってくれることになった。うちの村で賄いきれない分は、仲間を近隣の村に派遣してくれているようだ。


 また、うわさを聞きつけてやってきた冒険者たちのまとめ役になってくれていた。


 今回、トロールを倒したことで、名声に箔が付いたらしい。もともとハイリスクな仕事は避けていた人だけに、堅実さが売りではあった。


 逆に言えば、華々しい活躍に縁がなかったともいえる。しかし、ここで大活躍を果たし、ギルドからも称賛が寄せられた。




 そしてそれには裏の事情もある。ギルドを放逐された俺がゴブリンキングを討伐した。それは事実である。逆に言えば、ゴブリンキングを倒し、亜人種の軍勢を殲滅できるような人材を見抜けなかったとも言える。


 実際には、俺の力と記憶は封印されていたわけだし、それこそ人間の力で龍王の封印を何とかしろって言うのは無理な話だ。


 と、俺自身に対してはそれで済むのだが、俺のギルド放逐に決済をしたギルドマスターが窮地に陥っているという。だからゴンザレスさんをことさら持ち上げ、功罪帳消しにしようとしているらしい。とゴンザレスさんはうちに来てぼやいていた。




「ランクアップはいいんだけどよ。今回の結果はまぐれだって言っても聞きやがらねえ」


「んー、裏事情を聞いてしまったら、それも仕方いんじゃないですかねえ? こっちにそれに付き合う義理はないですけど」


「だよな? まあ、ギルドから出た報奨金はこの村でパーっと使うけどな。設備とか家の修理に失った物資の買い付けとか、いくらあっても足りねえだろ」


「それはそうなんですが……いいんですか?」


「これはあれだ。いわゆるあぶく銭ってやつだ」


「命がけで稼いだお金でしょう?」


「いいんだよ。ギルドの連中がお前の事なんて言ってたか知ってるか?」


「ああ、エターナルノービスですか」


「なにが永遠の初心者だ! アレクに手入れしてもらわにゃ武器をさび付かせるような奴がよ」


「あはは、その分俺、戦いの能力なかったですからねえ」


「そうか? 援軍に駆け付けてくれたお前の戦いぶりは様になってたけどな?」


「いやあ、あはは」


 照れて鼻の頭をかく俺を見て、ゴンザレスさんは髭もじゃの顔をニカっとゆがめた。


「まあ、こんな嫁さんいたら一皮むけるわな。全く、うらやましいこった」


 俺とナージャはそろって赤面していた。足元でフェイはくるっと丸くなって、寝息を立てていた。




 さて、死人が出なかったということで、領主への支援要請は見事に却下された。それもゴンザレスさんがうちにとどまってくれている理由ではある。


 どころか、税は例年通り支払うようにと言ってきた。そして、こんな時に窓口になるはずの村長は戻ってこない。


 当面ジーク爺さんが村人の取りまとめをしてくれているが、事実上は権限がない。防戦の指揮を一方的に押し付けられただけである。


 どうしたものかと困惑しながら、日々の生活を送っていると、街道をやたら立派な馬車がやってくると連絡が入った。


 これは、先日のモンスターの襲撃の教訓を生かし、村に繋がる街道に見張り小屋を建てたのだ。


 自警団のメンバーが交代で詰める。俺も当番が割り振られていた。


 人間離れした力を村人たちは目の当たりにしているはずで、それでも普段通りに扱ってくれることは、実は涙が出るほどありがたかったんだ。




 馬車が村の中に入ってくる。あの紋章は、このあたりの領主である、ラードーン子爵家のものらしい。


 扉が開き、やたらお金がかかってそうな感じの、ごてごてした衣服をまとった男が降り立ってきた。どうやらあれが子爵本人らしい。


 連れ立っているのは村長だった。なにやら企んでいるのか嫌らしい笑みを浮かべている。ほか、見た目は立派な鎧に身を包んだ兵が10名ほど付き従っている。




「ここか! 龍の加護を得たとかほざく詐欺師がいるのは!」


 その一言に村人がざわめく。


「大したことのない襲撃をことさら騒ぎ立てて、援助をだまし取ろうとしなのだろうが! わしは騙されんぞ!」




 その一言に頭から湯気を吹きそうになっているのがジーク爺さんとゴンザレスさんだった。ありていに言えばブチ切れていた。


「ゴブリンキングの討伐はギルドでも認めたことですが?」


 ゴンザレスさんは見た目は平静に話しかける。ただこめかみが引きつっていた。


「偽造したんだろうが!」




 うん、こいつはだめだ。真っ向からギルドに喧嘩を売っていることに気付いていない。


 依頼の取りまとめに来ていたギルド職員もポカーンとしている。




 そして、子爵の目は俺の方を向いた。正確に言うなら俺の後ろにるナージャと、フェイにだろう。


 フェイがドラゴンであることは知らせていない。それこそ面倒なことになると思ったからだ。


「おう、貴様か。龍の騎士になったとほざくのは!」


「そうですが何か?」


 なるべくシレっと答えてやる。こっちは命がけで戦ったんだ。それを真っ向からケチをつけるやつにまともに答えるつもりはない。


「ふざけるでない! そんな伝説の存在がいてたまるか!」


 なんと言われようが、俺はナージャの騎士だ。それだけは譲れない。


「こんな不届きものがいる村だ。さぞかしため込んでいるんだろうが。税は倍だ!」


 その宣言に村人たちが再びざわめく。が、子爵が引き連れてきている兵の圧力に、すぐに口を閉ざした。


「無茶を言わないで頂きたい!」


 ジーク爺さんが声を張り上げる。もともと名の知れた冒険者で、元は国の騎士だ。その迫力はへっぽこ貴族の比ではない。


「なんだと? 領主たるわしに逆らうか!」


「領主ならまず領民を守るところから始められよ! 命がけで戦った領民に手を差し伸べないばかりか、詐欺師呼ばわりとは、恥を知れ!」


「やかましいわ! わしの領地をどう扱おうが勝手であろうが!」


 ジーク爺さんと子爵が睨み合っている。


「そうじゃ、この条件を飲めば税は普段通りにしてやろう。そこの娘を差し出せ」


 そう言って指さす先にはナージャの姿があった。


 俺の中で何かが切れる音がした。

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