閑話 とあるギルド受付嬢の日常
カランとドアが開く音がする。この気配は……ふと目を向けるとやはり彼らだ!
カウンターに飛び出し、「お隣りへどうぞ」と書かれた札をどかす。
「おかえりなさーーーい! サブローきゅん!」
「ああ、ただいま、チコさん」
そう言って彼はふわりとした笑みを浮かべた。
彼らは最近このレンオアムの街で頭角を現してきたパーティだ。
魔法剣士で刀を使うサブローきゅん。サブローきゅんはミロク子爵家の三男坊で、家を飛び出して冒険者になったの。
けど、お父上が子煩悩な方で、護衛に腕利きの戦士を二人と、治癒術師を付けて送り出すということをやらかしてくれたとかなんとか。
護衛戦士の一人、双剣使いのシージュ。ちょいワル親父を気取っているけど実は純情で、腕利きで、その腹筋に頬ずりしたいの! もちろんイケメンなのです!
もう一人は弓使いのヨイチことキサラギだ。この名前は彼の家に伝わる称号のようなもので、最高の弓使いに与えられるそうだ。無論イケメン。
そして最後にチマッとした少女、ヒフミだ。
「皆さんお疲れ様ですー」
とぽわぽわした口調で言っている。その子犬っぽい容姿と、雰囲気から職業と相まって癒し系美少女だ。
そして、わたしこと、ギルド受付嬢チコ・チダは彼らの専属を自認しているのです(ふんす!
「で、今回の依頼はどうだったの?」
「どうもこうもねえよ。さんざんだったぜ」
「まあ、そう言うなシージュ。現地に行って話が違うってのは珍しくもないだろ」
「だけどよ。ゴンザレスさんがいなかったらマジで危なかったぜ?」
などと、ボヤキ続けるキサラギとシージュ。そんな二人を尻目にサブローはヒフミと話し込んでいる。
「ヒフミちゃん、今日も助かったよ」
「むー、若様はもう少し自重してください!」
「ごめん、けどあの時はそうするしかないかなって……」
「うー、若様に何かあったら私生きていられないです……」
「ごめん、気を付けるよ。あとね、前からお願いしてるんだけど……サブローって名前で呼んでくれないかな?」
キャー、なんかいつの間にか手を取ってるし。イケイケサブローきゅん!
と思って周りを見渡すと、女性冒険者や職員まで彼らの会話に聞き耳を立てている。
「いや、あの、その、ええと……でも」
「お願いだよ、ヒフミちゃん」
手をぎゅっと握るサブローきゅん。いけ、そこだ! やっちまえ! むしろ押し倒せ!
というあたりで周囲の固唾をのむ雰囲気が伝わったのか、顔を真っ赤にしたヒフミちゃんが顔を真っ赤にしてそのままギルドから走り去っていった。
「若、もう少し抑えようぜ? いろいろ駄々洩れすぎるんだよ」
「シージュ、ボクは彼女を守るための力がほしくて家を出たんだ。それにもうボクはただのサブローだよ?」
「はは、そんな若だから俺もついてきたんだよ。なあ、キサラギのオッサン」
「シージュ、僕と君は半年くらいしか生まれが違わないはずなんだがねえ?」
「こまけえこと言ってッとハゲるぜ?」
「うるさい! シージュ、君の給金は僕が握っていることを忘れないように」
黒い笑みを浮かべるキサラギさん。その笑顔にゾクゾク来ているのは私だけじゃないだろう。
あ、隣のカウンターの受付嬢がキサラギさんに釘付けになってる。あとでOHANASHIしなきゃ。うふふ。
とりあえずすっ飛んでいったサブローきゅんが、ヒフミちゃんを回収してきて、なし崩し的に隣の酒場で打ち上げになったみたい。
依頼状況は……なにこれ、ひどい。とりあえず書類にコメントを付けて、ギルマスに上げる。
どうも依頼主の村が報酬をけちるためにモンスターの戦力を過少に報告してたみたいね。
とりあえず、村長は要注意人物にマークすることにした。ってあたりで、弦楽器を爪弾く音が聞こえてくる。
私はマッハでカウンターに「お隣りへどうぞ」の札を出すと、酒場にしつらえられたステージの最前列に急いだ。
サブローきゅんが発声練習をしている。ほんのりとお酒が入り、頬がすこし赤くなり、少し襟元が緩んでいる。そこから見える大胸筋に、鼻にこみ上げる熱さを無理やり押し下げた。
無心にリュートの調律をしているキサラギさん。彼の真剣なまなざしに胸を高鳴らせる乙女は多いことだろう。かく言う私もそうだ。
そしてステップを踏むシージュ。彼がターンを決めるたびに裾がふわって舞い上がって、鍛え抜かれた腹筋があらわになる。
隣に来ていた受付嬢その2が無言でハンカチを差し出してきたので、口元をぬぐった。乙女の嗜みデス。
リュートの音色に合わせて、サブローきゅんがハミングで歌い始める。単調なメロディに合わせてキーの上げ下げ。そして徐々に曲調が速くなってきたところで、パァンと手拍子が鳴り響く。
シージュが曲の合間に手拍子を入れ、さらに床を踏み鳴らす。さらにそこに身振り手振りが加わって舞踏になった。
シージュほどではないけど、サブローきゅんもシージュとずらしたリズムでステップを踏む。それは、互いに語り合うようで、二人の目線があったあたりで悲鳴らしき声が聞こえてくる。
うん、あの辺発酵し始めてるわね。いいことです!
舞踏のリズムが最高潮になったあたりで、サブローきゅんが歌い始めた。それは切ない恋歌。
理想の女性を見つけるが、身分違いの恋。気持ちが入ってきたのか、その眼は潤んでいて、その吐息は熱い。
けれど、その目線は常にだれかを追っていて、その目線の先にはそれこそ、誰よりもその熱を浴びて蕩けた表情を浮かべたヒフミちゃんがいる。
いうなれば私たちは彼女のおこぼれにあずかっているわけだわね。けどそれでもいいと思わせるほどの歌だった。
彼らのステージは夜更けまで続き、酒場のマスターは大いに売り上げを伸ばしてホクホクであったという。
ん? 私? いい夢が見られるに決まってますわ! ギルドの受付嬢は激務なのです。だからこれくらいの役得、あってもいいと思いませんか?
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