47話 その後
「いいか、間違ってもグラムに魔力流すなよ?」
あの時、シグルド殿下に念を押されたので、やれってことだと思って少し覚醒させたらあっちこっちで魔力にあてられてぶっ倒れる人が続出したのは反省している。
もちろんというか、ものすごく怒られたが、造反貴族たちがおとなしくなったと言われ、結果オーライだったらしい。
とりあえず王都でのごたごたは終わった。パレードと式典から早くも二か月が経過している。
「んー、やっぱり家は落ち着くねー」
「うゆー、ふかふかのクッション欲しい」
「エイルさま。こちらにどうぞ」
「あー、フェイの背中ふかふかー」
ナージャはソファに横になってゴロゴロしている。エイルは王都にいたころ滞在していた部屋のクッションがお気に入りだったようだ。そしてフェイのもふもふ、いいな。
さて、今の話をしよう。ジーク爺さんは俺との関係を鑑みて、正式にティルの代官というか領主になった。俺の代官就任は臨時措置ということで取り下げてもらった。
「引退しようと思っておったのにのう……」
などとぼやいているが、恩給も出るので数年は勤めようと考えているそうだ。
アクセル爺ちゃんは王都で騎士団の指南役に任命されたらしい。黒龍戦争の頃の訓練を再現したと嬉しそうに語っていた。その背後には騎士たちが死屍累々とぶっ倒れていたが、「その苦労が君たちを強くする」などとこころにもないことを言ってその場から逃げた。
「よいか、わしの事は軍曹と呼べ!」
去り際の爺ちゃんの叫びがやたら耳に残っていた。その隣で笑みを浮かべるニーズヘッグお義父さん。これ、いろいろとあかんやつだ。そう思った。
北の森には開拓が入った。例の造反貴族たちが着の身着のままで放り込まれた。逃げれば即座に犯罪者として処刑されるので、まずは自分の生活をということで、必死に働いているようだ。
ただし、討伐依頼を受けた冒険者を派遣したり、開拓作業自体には、入植希望者や戦闘の経験が浅い賭けだしの冒険者を派遣するなど、一縷の望みをつなげるようにはしている。考えようによっては非常にあくどい。まあ、多少は甘さも必要なのだろうか。
ティルの村の北東には、例の戦争で使用された陣地があるのだが、そこに砦が築かれており、その特需に近隣の村を含めて好景気に沸いている。
森の魔物討伐も国から常設の依頼としてギルドに入っており、先日の魔物襲撃と相まって報酬が高めに設定されている。
今まで仮設だったギルドの出張所も正式に開くことになり、ぽわーっとした受付嬢と、ギルドから任命された常駐のパーティが村に駐在することになった。
ゴンザレスさんたちのパーティも本格的に本拠をこっちに移すらしい。先日の褒賞をつぎ込んで、パーティ拠点となるホームを建設中だ。
そういえば、常駐パーティはやたらイケメンらしい。ナージャと仲良しの村娘が顔を真っ赤にして報告してきた。
すらっとした長身に、鋼のような筋肉をまとっている3人の戦士と、小柄な女の子がヒーラーをしているようだ。
リーダーの青年はヒーラーの女の子に御執心のようだが、彼女はそれに気づいていない、ふりをしている。彼らの恋模様は村の皆の娯楽になっているようだ。
それと、彼らはなぜかやたら歌がうまく、村の酒場でたまに興が乗ると歌っているようだ。おひねりが意外にいい収入源になっているらしい。弓使いがリュートを爪弾き、剣士が剣舞を舞う。そして、リーダーの青年が情感も豊かに歌い上げる姿に、冒険者や村娘たちが熱を上げているとかなんとか。
砦の責任者はシリウス卿が正式に将軍に任命されて赴任してきた。副官の女性は貴族のお嬢様で、高位のヒーラーらしい。
とよく見れば、シグルド殿下のメイドさんの一人だった。彼女、ニーナさんはシグルド殿下の直属を離れ、もともとの職務だった軍付きの治癒術師として改めてシリウス卿に付けられたらしい。
ところで、この人事は様々な思惑が絡んでおり、ニーナさんの実家は子爵家であるが、一人娘であるため、婿を探しているらしい。
シリウス卿は平民出身で近衛騎士の隊長に就任した期待の若手であり、軍一番の槍の使い手ということで、その身辺には注目が集まっていた。
シリウス卿の副官をしていた騎士が正式に護衛隊長の任を引き継ぐとともに、軍での箔つけと、最前線になる砦の防備には信頼のおけるものをという思惑が複雑に絡み合った結果、この人事になったそうだ。
ちなみに、砦にはベフィモスが入っている。土魔法を使って土木工事の補助をしているそうだ。
「力の使い方ってのは戦うだけじゃないんだな」とは本人の言である。
とりあえず、シリウス卿は早速というか、ニーナさんに軍服の襟元を直されており、兵たちはあの仏頂面にも春が来たと祝福をするものと、美人と結婚できるとか爆ぜろとやっかむ者が半々だそうだ。
ジーク爺さんは「ひ孫の顔を見るのが楽しみだわ」と砦に赴いたときに発言し、ニーナさんの顔が真っ赤になっているのを見て、「別に誰にとは言うておらんのだがな」とニヤッと笑いながらのたまったそうだ。
帰り際に、「孫をよろしく頼む。槍を振るうことしか能のないつまらん男だがのう」と言い残し、シリウス卿が泡を食った顔を見て、兵たちが「あの無表情が崩れるとか明日は大地震か?」とつぶやいたとかなんとか。
そういえば先日、ヒルダ嬢が懐妊したとの知らせが入った。早すぎんだろ。
「なにかお祝い贈らないとねー」
「そうだなあ、なにがいいかな?」
「お守りとかどう?」
「ふむ、というか俺たちがやると、高レベルの装備品になりそうな……?」
「ま、いいんじゃない? あの二人にはお世話になったし」
「だな。んじゃなんかやってみるか……」
ふと思いついて指先を傷つけ血をにじませる。その中に血はドラゴンの魔力を多く含んでいる。だからドラゴンの血を浴びた戦士が無敵になったりとかの伝説があるわけだ。
アクセル爺ちゃんもフレースヴェルグの血を浴びた。そして、龍の爪を穂先とした槍を授かり、それでニーズヘッグと戦ったのだ。
血に含まれる魔力を凝縮してゆく。それを褒賞の一部としてもらった宝石の一つである、ルビーに封じ込めた。
血の赤みがルビーに広がり、よりその赤みを増してゆく。
その宝石はドラゴンブラッド(まんまや)のアミュレットとして、王太子夫妻とその生まれてくる子の守りとして贈られた。
その効力の強さにひと騒動起きるのは、また別の話である。
そんなこんなで、俺たちは平穏な生活を取り戻したのである。今日もナージャとエイルの3人でベッドに入る。この平和が少しでも長く続くことを祈って。
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