54話 手がかりは思いもかけない形で

 飛んできた槍を掴むと、霧散して消えた。魔力で編まれたものだとすると、そもそもおかしい。別人の魔力は基本的に反発する。なのに、一方的にしかも龍王クラスの呪文をかき消したのだ。


「……何だってんだ?」


「婿殿。見事、よくやってくれた!」


「え?」


 すると、目をキラキラ輝かせたナージャがむぎゅっと抱き着いてきた。


「うん、さすがアレク!」


「うえ!?」


 にこにこしながらしがみついてくるナージャ。


「俺がお前を守るのは当たり前だろ?」


「うふふー、だけど嬉しいものは嬉しいんだよ」




「っかー、見せつけてくれやがりますねこのバカップルが!!」


 突然チコさんが爆発した。


「独り身のあたしに見せつけてるんですねそうですねそうに決まってます!」


「……アレクは上げないよ?」


 再びむぎゅっと抱き着いてくるナージャ。うん、かわいい。


「人の旦那欲しがるほど飢えてませんよーだ、くすん」


「旦那……にゅふふふふふふふふう。そうよね、アレクはわたしの旦那様ー。にゃはー!」


「っていうか、ダンジョンで騒ぐなー!」


「チコさん、それって……」


 噂をすれば影が差す。どっかの将軍がその語源だったらしいが定かではない。なんというか、さっきの魔法の槍を使えるような術者の気配はないが、数が多かった。


「ふむ、数をそろえればいいというものではないぞ?」


 ニーズヘッグがエラそうなコメントをしている。現れたのはある意味ダンジョンの定番であるゴブリンの群れだった。


「ってちょ!?」


「どうかしたのか?」


「いえ、ニーズヘッグ様ならいいんでしょうけど、あれ編異種ばっかじゃないですか!? 普通の熟練冒険者でも数人がかりで一体討伐するような連中なんですけど……」


「ふむ、龍王の相手には役者不足と言っておくか。ぬうううううううううん!」


 ニーズヘッグのかざした手には紅玉のような魔力塊が現れる。それを押し押せるゴブリンの群れに向けると……あとは一方的な蹂躙だった。


 俺が探知で探ったゴブリンの群れは五〇〇ほど。それを魔力弾の乱射で殲滅していく。


 一つ、二つ、三つを数えるころには全滅していた。




「龍王ってどんだけ非常識なんですか……」


「我は攻撃力に特化しておる故な。だが同じことはアレクにもできようし、ナージャの呪文であれば、一撃であろうよ」


「お父様、そんな……」


「できんのか?」


「んー、周囲の巻き添えを考えなければ……?」


「できるんかーい」


 チコさんのツッコミが棒読みだ。


「はあ、もういいです。いろいろ理解しました」


「ほう、何を理解したというのだね?」


「理解不能だってことをですよ!」


「くはははは、なるほどな、面白い奴じゃ!」




 ともあれ、ゴブリンの群れを殲滅した後は再び前進する。正体不明の術者がいつ現れるかわからないので、警戒しながらのためか、その歩みは今までに比べて遅くなっていた。


「いや、これでも普通より速足ですからね?」


「ふん、人間基準はもはやあてにならんだろうが」


 チコさんのツッコミとニーズヘッグのツッコミ、どっちも全うと言えば全うだった。チコさんの経験は何物にも代え難い。いわば俺たちの指標となる。


 だから彼女への攻撃に対しても気を配る必要があった。


「むう、仕方ないってわかってるんだけど……」


「何があっても最優先は君だ。そこははき違えてない」


「なら、いいよ。チコさんも大事だし、ね」


「すまん」


「良いって言った」


「ありがとな。いい奥さんをもって俺は幸せだよ」


「んふー。ここから出たら甘え倒してやるんだからね!」


「あ、ままだけずるい! えいるもー!」


 というあたりでチコさんの目線が突き刺さっている。


「もういいっす。あたしはあたしで何とかしますので……」


「いやいやいやいや、そんなつもりは」


「家族で幸せになりやがれ――――!」


 チコさんの幸せはどこにあるのだろうか? それは龍王である俺にもわからなかった。




 いくつ過ぎたかわからなくなるほどの数の十字路を通り、曲がった。


「うーん、これ、ループしてますね」


「というと?」


「たぶん、最初は左とかルールがあって、その通りに行かないと進めないって感じです」


「ふむ、ってことはなんかヒントがあるはず?」


「のはずなんですけどねー。どこまで進んでるのかもよくわかんない状況で」


「ねえ、それって、あれじゃないのかなあ?」


 ナージャが指さす先は……上空? 天井? どっちでもいいが、真上だった。


「あ、あははははー」


 そこには十字路の曲がるべき方向が描かれている。


「頭上って注意が行かないんですよねー……」


「あー、うん、そうだねー」


 ここ数時間の前進が果てしなく無駄になった瞬間だった。


 ちなみに、この移動中にも間断なく魔物に襲われている。奴らはニーズヘッグの槍に貫かれ、俺のグラムの錆になった。


 出てくるたびにチコさんがなんか変な悲鳴を上げていた気がするがいちいち気にしてはいられない。


「このダンジョン無茶苦茶です。ギルドの一線級パーティでも何度も全滅してますよ?」


「へえ、そうなんだ。ま、龍王だし?」


「ええ、ええ、もういいんです」


 何度目かわからないようなチコさんのつぶやきに苦笑を漏らす。


 頭上の矢印に従って曲がり角を曲がったら……場の雰囲気が変わった。市街地フロアを抜け石畳と石壁のフロアに戻る。


 目の前には曲がり角があり、その先から戦いの気配がした。その気配に俺は覚えがあり、そのことにがくぜんとしたのだ。

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