第4話 予感

 それはある日の自警団の会合でのことだった。冬も近づき、各自の役割分担の見直しと、備蓄の確認をするはずだったのだが、最近森が騒がしい。猟師のカシムがそう報告してきた。


「なんかよ、妙にざわついてるっていうか……」

 普段から森を置く知る彼の言葉に場がざわめく。

 異変としては些細なことだった。たとえば、獲物が罠にかかる頻度が下がっている。そもそも姿が見えないのはおかしい、と言うのがその主張だった。


「最近ゴブリンとかの数が多い気がするんだ」

 木の実や野草などを採取に行っている村人からも報告がされた。

 今のところけが人や死者と言ったような直接的な被害は出ていない。それでも目に見えない不安にみんながざわめく。

 もはや気のせいなどと言ったのんきな意見は出なかった。何かが起きている。そう共通の認識を持つに至っていた。


「ふむ、用心に越したことは無いのう」

 ジーク爺さんが重苦しく口を開いた。もともとしわだらけのご老人だけど、眉間のしわが普段より深く刻まれている気がした。


「ジークさん、どうします?」

 マークが話の先を促す。

「うむ、まずは柵の補修を急ぐかの」

「他に意見があるものは?」

 ジークさんの言葉にマークがかぶせて、意見を募る。

 そうすると皆口々に意見を言い始めた。自警団も、それ専業でやっている者はいない。皆それぞれ役割を持っている。

 そのなかで、各自が問題と思うところを言い始めた。


「アレク、君は?」

「そうだな……武具の手入れをしておきましょう」

 武具という単語にぎくりとしたものが多くいる。猟師でもなければモンスターと直接やりあう経験はほぼない。

 正直みんなこの話題から遠ざかろうとしていたというのが実情だろう。避難の目線を向ける者、むしろ良くいったという表情を浮かべるもの、反応は様々だった。

 しかし、最悪の事態を想定しないといけない。ゴブリンの群れと戦って負けはしないだろうが、戦い慣れていない者からすればやはり恐怖が先に立つ。

 ジーク老が再び重々しくうなずき、俺に問いかけてきた。

「アレク、頼めるか?」

「了解だ」

 もともと冒険者時代にやっていたことでもあるし、慣れている。それに荒事の経験もあるのだ。洞窟に立て籠もるゴブリン討伐の時は死にかけたよな、などと思い出に浸る。


 こうして警戒を強化する方針が決まった。それぞれ与えられた役割をこなすために村の各所へ向かう。俺の役割は柵の強化と、櫓の建設チームへの参加だ。

 大工のトーマスの指示に従って作業をこなし、家に帰れば武具の手入れだ。

 職人のガレフが手伝ってくれたので、思いのほか進みは良い。

季節は収穫を終えて、これから寒くなる。ティルの村は北寄りにあることもあって冬場は雪に閉ざされる。

 村人総出で冬支度を進めている最中にこの異変だ。採集や狩猟に行くとしても、普段より多くの人手が取られることもあって、村のみんなも表情に余裕がなかった。


「雪だ!」

 子供たちが空から降り始めた雪を見て歓声を上げる。元気いっぱいで走り回っていた。

 村を囲う柵の修理が終わっていることに俺は安どの息を漏らす。雪が降る中で柵の修理とか考えたくもない。

 

「ふふ、アレクも昔はあんなふうだったのにね」

「さすがにもうあそこまではしゃいだりはしないなあ」

「まあ、何はともあれお疲れ様」

「うん、っとそろそろ見張りの当番の時間だ」

 村の入り口には矢倉を立てた。これにより異変を少しでも早く察知しようという試みだが、この雪ではかなり視界が遮られる。

 何かあってはいかんと気を引き締め直し、冷え防止の皮手袋を装着し、冒険者時代のマントを羽織って出かけた。

「行ってらっしゃい、気を付けてね!」

「ああ、ありがとう。行ってくる」

 ナージャの見送りを受けて櫓に向かう。

 櫓のそばには小屋が建てられており、自警団のメンツが数名そこに待機することになっていた。

 何かあれば木づちでぶら下げてある木の板を叩く。これを聞きつけた自警団が村中に異変を伝えるという段取りだ。

俺は雪のカーテンで覆われた村の外の風景を目を細めて眺めるのだった。


 その日は問題なく見張りを終えた。次の日もまた次の日も、平穏無事に過ぎてゆく。いいことではあるんだけど、なぜか胸騒ぎがどんどん強くなっていく。


 そしてある日、夢を見た。冒険者をしていたころの思い出だ。


 真剣な顔をしてゴンザレスさんが俺に話しかけてきた。


「アレク、クエストの時な。お前がやばいと思ったらすぐ俺に言え」

「へ? ゴンザレスさん、いったい何を?」

「いいから、お前の勘はなんか鋭いんだ。判断がつかない危険なんてもんもあるだろう。

 お前に期待してるのはそれだ。仮に空振りでも気にしなくていい」

「わかりました……俺でいいんですか?」

「ああ、お前に任せる」

 すごく真剣な表情で重々しくうなずいた。俺はその顔をずっと忘れられなかった。


 半分眠っている意識の中で思い返す。

前に森の中での採取クエストで、なんか胸騒ぎがするって思って、その場では引き返したことがあった。普段なら駆け出しでも安全に帰ってこれるクエストであったんだ。

次の日、この辺にいないはずのモンスターが出たって話になった。被害としては駆け出しの冒険者が一人、モンスターに食われたらしい。


そのモンスターはゴンザレスさんと、別のパーティが協力して倒したらしい。で、問題解決の打ち上げのときに、ふと思い出してそのことを口にしたんだった。


その後は、重要なクエストにはなぜか同行させられてきた。

と言うか、ゴンザレスさんが言うには、俺の勘はとても鋭いらしい。特に危険については予知レベルだという。

俺の嫌な予感で引き返したことによって、その先に何か危険があったかは実際にはわからない。結果的には何も起きてないからだ。じっさいに危険やトラブルが起きていない以上はそうなってしまう。

けどトラブルなんてもんは起きない方がいいし、俺のやっていることの効果が証明されるってことは、すなわち誰かが死んだり傷ついたときだ。

だから、みんなが無事って結果があればいい、そう思っていたんだ。お守りってのはそういうもんだろ。


胸騒ぎはどんどん強くなる。何か、悪いことがこの村に迫っている。そんな気がしてならない。

俺は決意してマーク経由でジーク爺さんに相談してみることにしたのだった。

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