第3話 村の生活
朝日が昇り、窓から光が差し込む。隣を見るとナージャは起き出して、もういなかった。
「あ、おはよう、アレク」
エプロンを付けたナージャはすごく可愛かった。思わず見とれていると少し頬を赤らめてもじもじし始める。
「おはよう、今日も可愛いよ、ナージャ」
ボムっと顔が赤くなる。すげえ、耳とか顔まで真っ赤だ。
「かかかかか、かわ……いい?」
「嫁さんが可愛くないわけがないだろ?」
なんか後ろを向いて自問自答モードに入っている。なんかくねくねしている背中をふわっと抱きしめた。
「はわっ!?」
「これからもよろしくな。奥さん」
いろいろ吹っ切れたのだろう。俺は普段こんなことをするキャラじゃないんだが、うん、ナージャが可愛すぎるからだ。そういうことにしておこう。
くるっと振り向いたナージャがこっちを向いて目を閉じる。俺もそのまま顔を近づけて……ってあたりで唐突にドアがノックされた。
「キャッ!」
真っ赤な顔をしてナージャがドアを睨みつける。
「おーい、アレク。起きてるかー?」
ドアの外からのんきな声がかかる。
「はーい」
ナージャがくるっと表情を変えてドアに向かう。
「お、おはよ……ってそっか。お前ら結婚したんだよな」
「あら、マーク。おはよ。新婚の家に朝早くから来るとか、そんなんだからお嫁さんが来ないのよ」
ナージャの毒舌はとどまるところを知らない。
マークは俺たちの幼馴染の一人で、村の自警団に参加している。以前村に立ち寄った冒険者の魔術師に簡単な魔法を教わっていた。ちょっとした魔物相手なら一人で何とかできてしまう腕が買われ、自警団の段長補佐のような役割に収まっていた。
「おいおい、それくらいにしてやってくれ。で、何の用?」
「ああ、今日なんだけどさ。村周辺の巡回を頼みたいんだ」
「俺に?」
「元冒険者でしょ? そういうクエストやったことない?」
「まあ、あるっていえばあるけど」
「うん、頼りにしてるよ。実はさ、ジークの爺さんがそろそろ引退したいって言ってきてるんだ」
「そっか、もういい歳だしな」
ジークさんは元兵士で、剣と槍を村の男たちに教えていた。しかし最近腰が痛いとあまり動き回らなくなっていたらしい。以前はよく陣頭指揮を執っていたが、最近はマークの後ろでバックアップに回っているとかなんとか。
引退したら町に住んでいる孫が、引き取りにくるとかって話を聞いた。
「次は誰が団長やるんだ?」
「俺、かも知れない」
ぽつりと漏らす言葉には若干の不安と、やる気が見て取れた。
「そうか、応援してるよ」
「っていうかだ、お前も参加してくれって」
「え? 俺? 聞いてるかもしれないけどさ……」
「あ、スキルがないってやつか? 珍しいけど、お前何年も冒険者やって五体満足で帰ってきてるじゃん。ってことは、スキル以外の力がお前にあるってことじゃね?」
「まあ、いろいろと教わったよ。モンスターの追跡の仕方とか、罠の仕掛け方とか」
「すげえ! 頼りになるじゃん!」
俺が褒められているのが嬉しいのか、ナージャもニコニコしている。
「アレク、頑張ってみない?」
「そう、だな。マーク団長、よろしくお願いします」
少しおどけていうとマークの硬い表情が少しほぐれる。
「っておいおい、気が早いよ。まだ引き継ぎもしてないんだって」
そう言いながら少し照れ気味に鼻の頭をポリポリとかいていた。
マークたちと手分けして畑を覆う柵の確認をした。いくつかの動物の足跡を見つけたので罠を仕掛ける。
これでなんか獲物が引っかかれば御の字だ。こういった地方の村では肉は貴重なのである。ナージャにひもじい思いをさせては夫失格だろう。などと考えていると、ついつい頬が緩んでしまう。
自警団のメンバーは駆け出し冒険者に毛が生えた程度の俺と戦力的には変わらない。
だから自分の畑仕事の合間に剣を振る。少しでも強くなれるように、少なくとも今の力を維持できるように。この村とナージャを守るために、少しでも力がほしかった。
「見て、アレク! こんなにとれたよ!」
ナージャが満面の笑みを浮かべて収穫された野菜をカゴに詰めていた。
「ああ、頑張ったな!」
明日は小麦の収穫だ。村総出で共同の麦畑に向かう。
麦畑の管理は持ち回りでやっていた。大規模な作業は今回のように総出になる。
「今年は天気が良かったからね!」
「そっか、一杯採れるといいなあ!」
刈り取り用の鎌も夕べ手入れした。パーティの武具の手入れをよくやっていたからこういう作業は慣れたものだ。
黄金の穂波が風に吹かれて揺れる。実際問題として、この麦の収穫が村の生命線だ。今年は幸いにして豊作で、税を支払っても十分な備蓄が残るらしい。
村人たちの顔も晴れ晴れとしている。
「龍神様のご加護があったんだな」
「そうじゃなあ。天気に恵まれたのは空龍王リンドブルム様がご機嫌じゃったんじゃろ」
空の龍王リンドブルム、海龍王レヴィアタン、地龍王ベフィモスは三竜と呼ばれ、それぞれ神殿が建てられて祭られている。
この村ではリンドブルムを祭っている。ほかにも神話上の存在として様々な竜がいる。復讐の龍ニーズヘッグや、財宝を守る龍ファフニルなどは有名なところだ。
そして、龍と交わり子を成したとされる人々がいる。各地にいる王家や貴族だ。彼らは龍の血を引くとされ、一般の人々とは一線を画した存在とされているのだ。
などと考えつつ、手はサクサクと麦を刈り取っていた。隣にいるナージャは俺が刈り取った麦を受け取りかごに入れてゆく。
「うふふ、今年はいい天気が続いたからねえ」
「リンドブルム様のご加護ってやつ?」
「だねえ」
ナージャの表情も明るい。こいつがこの村に来てから……きてから?
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
何かが引っかかったが、ナージャの顔を見ているとどうでもよくなった。俺たちは再び手を動かす。
早く収穫を終わらせないといつ雨が降るかわからないしな。
「お疲れ様、アレク」
「うん、何とか終わったなあ」
「そうだね。あとは乾燥させて、粉にひいて、だね」
「そうだ、小麦粉もらえたらパンを作ろう。あっちで教わってきたレシピがあるんだ!」
「へー、そういえばさ。アレクは冒険者のころってどんな仕事してたの?」
「ああ……知ってると思うけど、俺にはスキルは発動しないんだ。だからいろいろと雑用をやってたよ。荷物持ちとか武具の手入れとか。料理も、だな」
「そう、なんだ。冒険者の華々しい活躍とかよく聞くんだけど」
「そうだな。そういう人たちもいるよ。けどね、冒険者志望ってね、1年たって生きてるやつは半分もいないんだぜ?」
「え……?」
「だからさ、俺は本当に運がよかったんだ。魔物に手足を食いちぎられた奴もいたしな。……捜索に行って遺髪だけを持ち帰ったこともある」
「そっか……」
「いいうわさだけは流れるんだよなあ」
「そうね。そういうものだと思う」
「けどさ、武勇伝を聞いてさ、俺もってなって、無謀なことやるやつがいるんだ」
「そうなんだ」
「俺は面倒見のいい人のパーティにいたからよかったけど、ひどいところだと新米を危険なところに送り込んで囮にするような奴らもいたらしい」
「なにそれ!」
「まあ、冒険者って言っても色々いるんだよ」
少ししんみりしてしまった。
ナージャは優しく微笑むと俺の頭を抱え込むようにして抱きしめてくる。ほんのりと甘い香りがして、俺の心までも優しく包んでくれるようだった。
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