第2話 結婚しました
俺の両親は俺が旅立つ1年前に流行り病で亡くなっていた。俺は両親の墓標の前でたたずんでいる。
「アレク、ご挨拶は終わった?」
「うん、ありがとう。こんなに綺麗にしてくれて」
「いや、だって、ねえ。ほら、わたしにとっても両親だし?」
ナージャはうちの隣に住んでいたんだが、いつの間にやらうちの両親と仲良くなって転がり込んでいた。
そういえば俺、こいつの事よく知らないな。などと考えていたけど、目の前で微笑む顔を見ていたらどうでもよくなった。
ナージャは、ナージャだからな。
「それで、約束、覚えてる?」
「え?」
即答しなかった瞬間彼女の雰囲気が変わった。なんか黒いオーラみたいなものが見えた気がする。
「そう……そうなのね? 手紙書くって約束も放置だし、うふ、うふふふふ」
笑顔だが目が笑ってない。ヤバイ、ヤバイ。冒険者時代に培った危険察知の警鐘がガンガン鳴り響く。
「いや、ごめん。手紙出すのもなかなか高くてさ」
「へー、その程度の稼ぎしかなかったのね?」
「格好悪いけどね、その通りだよ」
「出て行くときは、ゴールドランクになるまで帰らないとか言ってたのに、ねえ」
「う……そうだね。結局俺には才能がなかったんだと思う」
少ししんみりとした。ナージャの黒いオーラも少しおさまってきた気がする。
「いいよ。ここで一緒に暮らそう? 約束、守ってくれるんだよね?」
脳裏に浮かぶ光景があった。
夕焼けに包まれた村の裏手にある小高い丘。同年代の子供たちと一緒に遊んでいた。ある日、みんなが帰った後も俺とナージャはそこにたたずんでいた。
将来何になりたいとかの話をしていたんだと思う。だからその時、俺は「冒険者になって世界を旅したい!」と言った覚えがある。
ナージャはあいまいな笑みを浮かべてごまかしていたけど、なぜか俺の方をじっと見ていた。
「アレクは、冒険者になりたいんだよね?」
「ああ、そうさ。伝説の竜騎士アクセルみたいになりたいんだ!」
竜騎士アクセルは、今の時代から50年ほど前に活躍した冒険者だ。ドラゴンと心を通わせて、その槍は弱者を助けるためにのみ振るわれたという。
「へえ、そうなんだ。冒険者になってどうしたいの?」
「うん、強くなってさ、この村のみんなを守りたい!」
「それは……いいことだね」
「うん、だからお前も俺が守ってやるからな!」
ドヤ顔で宣言したことは今となっては黒歴史だ。けどその一言からナージャの雰囲気が少し変わった。
「ねえ、アレク。お願いがあるんだけど」
彼女の顔が赤かった気がしたのは夕焼けのせいだったのかはよくわからない。普段の元気いっぱいな姿からは信じられないほどしおらしい態度で俺の目を見つめている。
「え、どうしたの? 改まって」
「うん、わたしを……お嫁さんにしてくれる?」
思わず息をのんだ。夕陽を背に微笑むナージャの姿が儚くて、今にも消えてしまいそうで、だから俺は思わず彼女の手を取っていた。
手を掴むことでどこかに行くのを引き留めようとするかのように。
だかたつべこべ考える暇もなく答えていた。
「もちろんだ。お前は俺が守る!」
「うん、ありがとう!」
約束の証として小指をからませ、お互いに宣言した。
「わたし、ナージャはアレクのお嫁さんになって、ずっと一緒に暮らします」
「俺、アレクはナージャを嫁さんにしてずっと守っていく!」
その言葉を交わした後、ナージャが俺にしがみついてきた。
「約束、ね」
満面の笑みを浮かべるナージャを見て、俺は少し幸せな気分になった。幼馴染のひいき目を取っ払っても、レンオアムでもナージャ以上の美人はいなかった。
だから彼女がずっと俺のことを想っていてくれた、それだけでいろいろと報われた気分になったのだ。
「かんぱーい!」
村長の音頭で、乾杯の宣言がされ、俺とナージャは宴の真ん中で笑みを浮かべた。
帰ってくる日に合わせて宴会の準備がされていた当たり、準備が良いというかなんというか。
近所のおばさんが言うには、ナージャに言いよる男どもも多かったそうだが、本人は頑として頷かなかったそうだ。
隣村の村長の息子とか、金持ちでイケメンなんだけどな。
少なくとも天秤にかけるなら俺は吹っ飛ばされて皿から落ちる程度には。
「だからね、あんたナージャちゃんを幸せにしないとだめだからね!」
「はい、絶対に守ります!」
村の男どもからのやっかみもひどかったが、俺の隣で幸せそうに微笑むナージャの前に撃沈していった。
最後にはしょうがねぇなぁくらいの感じで、オバさんたちと同じようなことを言い残して乾杯して去っていく。
ひとまずみんなに祝福され、俺たちはナージャが守ってくれていた俺たちの家で眠りについたのだった。
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