第5話 ある日森の中で
ジーク爺さんに相談したところ、実はすでにギルドに手を回してくれていたそうだ。その結果何人かの冒険者が村に来てくれるらしい。
「ゴンザレスと言う人を知っているかね?」
ジーク爺さんに聞かれた時は非常に驚いた。
「ええ、よく知っています。俺が冒険者をやっていた時にお世話になった人です」
「うむ、この村の財政は、まあ知っての通りでの。精いっぱいの報酬じゃったが、応じてくれる人がいないと言われておったのじゃ」
「ですよねえ……」
「それでもいいと応じてくださったのがかの御仁と言うわけじゃな」
ありがたさに胸が詰まる。確かに、困ったときには相談しろって言われてた。けど、馬車でひと月もかかる距離だ。まさか助けてと気軽に言えるものでもない。
それでも、安い報酬で儲けてくれたことに俺は視界がぼやけた。
「お前が正しい行いをしてきたということじゃな」
「そう、ですかね?」
「そうに決まっとる」
そう言って、ジーク爺さんはにっこりと笑みを浮かべた。
翌日、ゴンザレスさんのパーティを迎えるために少しでもごちそうを用意しようという話になった。
「やっぱ肉だよね!」
カシムが満面の笑みを浮かべてそう宣言する。森の異変が伝わってから狩りに入るのは最小限にとどめられていた。しかし、最近は違和感は残るものの、目だった異変はない。
だから、最低二人組でという条件で森に入り、獲物を探すことになったのだ。
そして、俺はナージャと森に入ることにした。村に帰ってから使っている弓を手に取り、腰にはショートソードを下げる。
背嚢には簡易の食料と水、ナイフとロープなどを詰め込んだ。冒険者時代の経験だ。備えあれば憂いなし。
準備はナージャも手伝ってくれる。基本村にいるときは日中はそれぞれの割り当ての仕事をしている。警戒体制のため何もしない日と言うのはない。
だから一日中俺と居られる理由ができて喜んでいるんじゃないかと思った。何この可愛い生き物。
「アレク、いい獲物がいるといいね」
「ああ、ハーブとかの採集は任せたよ?」
「うん、まかせなさーい!」
そう言ってにっこりとした顔を見せるナージャ。思わず抱きしめそうになった。というか、家の中ならそのまま……うん、煩悩をまき散らすのはやめよう。なんかナージャの目つきがジト目になっている。
それに、それほど離れていないところにはカシムほか、村で戦える人間がいるはずだ。みんな笛を持っていて、緊急事態、猛獣に襲われた時などはお互いに救援に向かうことになっている。
森を歩くけどいつものような動物の気配がない。ナージャは足元を見て、落ちている木の実や香草を摘んでいく。
周囲を警戒しつつ歩いて行くと、ついに俺は動物の足跡を見つけた。
「これは……猪か」
「たぶん、そうだね。追跡できそう?」
ナージャが目をキラキラさせて聞いてくる。お肉は久しぶりと目で訴えてくる。それはもう、今にもよだれをたらしそうな顔だ。
嫁さんに期待されてしまったら張り切るしかない! と思っていたら、ナージャがポーっとした顔で俺を見ている。
「えっとね、アレク。声に出てた……よ?」
「はうあっ!?」
森のど真ん中で顔を真っ赤にしている二人はさぞかしおかしな姿であっただろう。そして、俺たちにツッコミを入れるかのように草むらが揺れた。
俺は慌てて矢筒から矢を引っこ抜く。
出てきたのは、なにかよくわからない、もふもふの生き物だった。大きさは子犬位だが、なぜか角が生えている。真っ白な毛並みに、四つ足で、その先には爪があった。鋭さも何もない、先っぽが丸く、何かを傷つけることなんかできなさそうだ。
腹を空かせているのか、元気がない。すがるような目つきに俺はあっさりと敗北した。
とりあえず水筒から手に水を受け止め差し出すと、ぴちゃぴちゃと舐め始めた。ナージャは目を見開いて「ふわあああああああぁぁ」と萌えている。
そんな彼女を見て俺も萌えていた。
「食べるか?」
干し肉をもふもふに差し出すと、「キューン」とよくわからない声を上げてかぶりついた。
食べ終わると俺の手にすりすりとその毛並みを堪能させてくれる。なんという癒し。
と言うあたりで背後から再びがさがさと音がした。
「アレク、あっち!」
ナージャの指さす先には木々の間を歩いている猪がいた。もふもふの謎生物はナージャの肩の上にいる。ナージャの頬っぺたと、もふもふの間に手を突っ込んだらいろいろといい感触だなあと思った。
矢をつがえ狙いを付けて放つ。ここでいきなり胴体とかを狙っても逃げられる可能性が高い。俺はやつの後ろ脚を狙って矢を放つ。
狙い通りの場所に矢が突き立ち、イノシシは悲鳴を上げる。
後ろ足が傷ついているため突進も力ない。数度避けているとだんだんその勢いも衰えて行く。そろそろ仕留められるか、そう思った時だった。奴は標的を変えた。そう、ナージャに向けて突進し始めたのだ。
「キャァアアアアアアアア!」
悲鳴を上げつつナージャはガシッとスタンスを広げた。背後にモフモフをかばい仁王立ちしている。
腰を落とし、足を肩幅に開いて膝を少し曲げる。そして、右手を腰だめに構え、呼気を整えた。猪の接近に合わせてズダンと足を踏みしめその反動を足首、ひざ、股関節、腰、背骨を伝え、肩から肘、手首そしてついにはその掌で炸裂させる。
見事極まりない震脚からの中段突きだった。
カウンターで眉間を撃ち抜かれたイノシシは断末魔を上げる間もなく絶命する。その姿を唖然と見る俺に対して、てへぺろとこちらを見てくるナージャだった。というか俺、嫁さんより弱いのか? との疑問を必死でかき消そうとするため、猪の血抜きを始めるのだった。
穴を掘ってそこに血が流れるようにする。適当な枝を切って猪の下に差し込んでソリ代わりにした。
まさかこんな大物が獲れるとは思っていなかったが、念のため持ってきたロープが役に立った。
そして、なんとか猪を引きずって村に帰る。先に血抜きをしたので、だいぶ重さは軽減されていた。それでも重く、ナージャと二人がかりで引っ張ってきた。
揃って汗だくになりながら、村の見張りに手を振ると、応援を呼んできてくれた。
久ぶりの獲物に歓声が上がる。そして村のみんなは口々にナージャをほめたたえていた。というか、あんな巨大な猪を素手で仕留めるとか誰も疑問に思わないのだろうか?
かすかに疑問が頭をよぎったが、別におかしくないよな。だってナージャだし。とすぐに思考を切り替える。
そしてその晩、冒険者の一人が村にたどり着いたのだ。血塗れになり、息も絶え絶えで。
「ゴンザレスさんが危ない、助けてくれ!」
そう叫ぶと彼はガクッと意識を失った。
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