9話 ナージャとの出会い

 夢を見ている。俺はまだ子供で、何もわかっていなかった。世界の残酷さも、人を愛する喜びも。


 ナージャとの出会いは、実は記憶にない。いつの間にかそばにいて、一緒にいるのが当たり前だった。そして爺ちゃんにはことあるごとに言われていた。「アレク、お前がナージャを守るんだぞ」と。




 その言葉の意味を俺はよくわかっていなかった。当時のナージャはあまり笑わなくて、あまり感情を出さない子供だったんだ。


 けど、爺ちゃんにナージャを守れって言われて、「うん!」って答えたとき、笑った顔が可愛かった。なんかよくわからなかったけど、顔が熱くなって、胸がどきどきした。


 思えばあれが俺の初恋なんだろうか?




 ナージャは俺にいつもついてくるようになった。


「アレクはわたしを守ってくれるんでしょ?」


 そう言ってにっこり笑われたら、俺には何も言い返すことはできない。そうと知ったナージャはことあるごとに俺に笑いかけるようになった。


 俺も顔を真っ赤にして頷くくらいしかできなかった。




「アレクとナージャはふーふ! ふーふ!」


 近所の子供たちがいつも一緒にいる俺たちをからかってくる。ナージャはしれっとしていた。というか、俺の腕にしがみついて背中に隠れていた。


 後で聞いたが、「アレク以外の子が怖かった」そうだ。後日友人と呼べる存在が増えたので、結局ただの人見知りだったんだろう。


 とりあえず、くっついてくるナージャは良い匂いがして、俺はひたすら硬直していた。綺麗な黒髪がふわっとなびくのを見て、心奪われていた。




 その日、俺はひとり自分の片隅で泣きじゃくっていた。


 大好きだった爺ちゃんが旅に出たのだ。


「約束を果たさんといかんからの」


 そう言って、それこそ近所の茶飲み友達に会うような風情で出て行った。


 その前の晩、俺は爺ちゃんに呼ばれていた。




「アレクよ。強くなりなさい。それで、ナージャを守ってやるんじゃぞ」


「うん、わかった!」


「明日、わしは旅に出る。もう会うことは無いだろう」


「え? いやだよ! 出かけるのはいいけど、帰ってきてよ!」


「そうはいかんのじゃ。アレクよ。わしはいつもお前に言っておったことがあるな?」


「……うん」


「わしはお前になんと言っていた?」


「約束は必ず守りなさいって」


「そうじゃ」


 そう言って爺ちゃんは俺の頭をやさしくなでてくれた。


 俺はあふれる涙をこらえることができず、爺ちゃんの胸にすがりついてただ泣き続けた。




 翌朝、旅立つ爺ちゃんを見送るとき、俺は必死で涙をこらえた。そんな俺に、ナージャはただ手を握ってくれていた。


 彼女の手の温かさが、悲しみに冷え切った俺の心を温めてくれているようで、爺ちゃんを笑顔で見送ることができたんだ。


 けど、爺ちゃんが村の門から出て行って、南へ向かう街道を歩いて行って、その姿が見えなくなったとき、俺は一人、自分の部屋で泣いた。ただただ泣いた。


 泣き疲れて眠ってしまったのだろうか。眠りから目覚めると、目の前にナージャの顔があった。


「うわっ!?」


 思わず声を上げると、ナージャも目を覚ましたようだ。


「あ、アレク。おはよ」


 寝ぼけ眼で力の抜ける顔であいさつをしてきたナージャを見て、思わず笑ってしまった。


「ぷ、ぷくく、あははははははははは!」


「うー、なんで笑うのー!」


「ごめん。なんかよくわかんないけど、楽しくて」


 そんな俺を見てナージャも笑い始めた。


 いきなり騒ぎ始めた俺たちに、両親が駆け込んできて、ただただ笑い転げる俺たちにぽかんとした表情を浮かべた後、いっしょに笑みを浮かべていた。




 俺は父さんに頼み込んで、剣を習い始めた。あとは猟師のルカさんに弓を教わった。ちなみにルカさんはカシムの父である。


 俺の振るう剣先に父さんは何度もため息を吐いていた。


「どう?」


「うん、正直に言おう。お前に剣術の才能はないな」


「そっか……けど、習わないよりはいいよね?」


「まあ、そうだな。戦い方を知っておいて損はないだろう」


 父さんは元冒険者だった。爺ちゃんの娘のお母さんと結婚してこの村に住むことになったそうだ。


「アレク。俺の持っている知識を教えてやる。戦うだけが冒険者じゃないからな」


「ありがとう!」


 ナージャも一緒になって、採集とか、森の歩き方を学んだ。ただ、これはナージャが特殊なわけではなくて、村の子供ならだれもがある程度の年になれば学ぶことである。


 薬草や香草、食べられるキノコと毒キノコの見分けかた。自警団の訓練にも見習いとして参加した。




 そう、ナージャを守るためにだ。俺は爺ちゃんと約束したんだ。




 努力はしたんだ。けどその成果はさんざんなものだった。


 剣術は父さんにため息をつかれた。弓の腕は人並みだった。カシムは父を超える弓使いになるだろうとの評判で、短弓とは思えない飛距離と命中精度を見せた。


 魔法は母さんから少し教わったけど、魔力は人並みより少しあるくらいで、父さんの友人と言う冒険者の魔術師にいくつか呪文を教わったけど、エナジーボルトを何とか習得出来て、1回放つとぶっ倒れてしまった。


「魔力操作の効率が悪すぎるな……」


 とりあえず生活魔法で、火を熾したり簡単な水を調達したりという程度はできるようにはなった。




 いつか冒険者になる。そしてレベルを上げたら今よりも強くなれる。そう思っていた。


 強くなるということが目的になって、本来の目的を忘れかけていた。




 だからだろうか、俺の不注意でナージャを危険にさらしてしまったのだ。


 けど、俺は昨日までそんなことは全く覚えていなかった。俺に加護を与えた龍王が記憶を封印していたと今ならわかる。


 そして俺自身に課せられた使命も、だ。

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