10話 過ちの代償
その日、俺は森で弓と剣の訓練をしていた。的に向かって一心不乱に矢を射かける。
狙ったところに行くときもあれば、外れることもあった。それでもかなり当たるようになってきた。
「アレクー、いつまでやってるのー?」
「うるさい! 気が散るからあっちに行ってろよ!」
すこし調子が上がってきたって時にナージャに声を掛けられ、ついカッとなってしまった。
「うー、いいもーん。アレクの好きな木の実が取れても分けてあげないんだからね!」
ナージャはすねたような表情をして、カゴを手に森の少し奥に入っていった。
俺はその時、訓練に夢中で忘れていた。出がけに父さんから森の奥に言ってはいけないと言われていたことを。
「アレク。村のすぐそばならいいが、森に入ってはだめだぞ」
「なんで? いつもは大丈夫じゃない?」
「うん、時期的にだな、ゴブリンが増えている。大人なら何とかなるが、子供のお前じゃ危ないからな」
「ゴブリンくらい俺にだって倒せる!」
「まあ、そうだな」
「じゃ、なんでダメなんだよ!」
「一対一で剣を持っていれば、遠くから弓で狙えればいい。けどな、奴らだって一匹で来るわけじゃない」
「どれだけ来ても大丈夫さ!」
「そう思ってるうちはだめだ」
父さんは苦笑いして俺の頭をガシガシと撫でる。
俺は村の子供の誰よりも剣を振っていた。弓の練習をしていた。自警団の大人から一本取ったこともある。
けどそれは手加減されていることに気付いていないだけだった。
それくらい、俺は子供だったというわけだ。
しばらくすればナージャは戻ってくると思って、俺は剣の練習を始めた。父さんに教わった通りの型を最初はゆっくりと、徐々に速度を上げてなぞる。
基本の構えから、振り上げ、降りおろす。今手に持っているのは木剣だけど、刃つきの剣をイメージして、振り下ろした後に引く動作を付け加える。
突きはまっすぐに。切っ先をぶれさせてはいけない。狙い定めた「点」を突き抜く。イメージは大事だ。イメージ通りに体が動くようにしておかないと、いざというときに動けなくなる。
いざというときが来なければ良いと思いながらも、一心不乱に剣を振る。
どれだけの時間が過ぎたのか、夢中になりすぎたのかよくわからなかった。ただドクンと鼓動が跳ねる。そして脳裏に言葉が響いた。「ナージャを守ってやってくれ」と言う爺ちゃんの言葉だ。
「ナージャ!?」
応えはない。いつもなら自分の傍を離れないはずの少女が視界の中にいない。それは俺を激しく動揺させた。
そばにいるのが当たり前で、これからも一緒にいるものだと思い込んでいた。
けど、ナージャもそう思ってるっていつ決まった? それはとても儚い、簡単に崩れてしまう絆だということにいやおうなく気付かされた。
「ナージャ!」
ナージャの後姿を最後に見た方角へ、俺は走り出していた。そうしないといけないという焦燥感が、俺を背中から炙っているようだった。
息を切らせて森の奥へと走る。あとから思えば、俺はここで村に戻って助けを呼ぶべきだったんだ。けどそんなことは欠片も頭に浮かばなかった。
ナージャの事を他の奴に任せるなんて思いもよらなかった。
走る。見渡す。名前を呼ぶ。それを繰り返しつつ、奥へ、奥へと進む。
こんなことしてるのがばれたら、俺は父さんにこっぴどく叱られるなと、半ば現実逃避が頭をよぎる。
そして耳にかすかに聞こえた声に俺は頭が真っ白になった。
それは、ナージャの悲鳴だったからだ。
その時、なぜかナージャのいる方角が分かった。一心不乱に足を前に進める。そして、目にしたのは、ゴブリンに取り囲まれているナージャの姿だった。
手に棒切れを持って必死に振り回して威嚇する。だがゴブリンたちは余裕の表情を崩さない。むしろ、あざ笑っているかのようだった。
俺は弓を構えようとして、弱気が頭をよぎった。狙いを外してナージャに当たってしまったら?
そう考えると弓を引くことができなくなった。頭が焦りで塗りつぶされ、結局俺は一番やってはいけない選択肢を選んでいた。
すなわち、大声をあげて殴り込むという暴挙だ。
せめて無言で近づき、一体でも殴り倒せば少しは状況は有利になっていただろう。けど、そんな判断何かどこかに飛んでいき、ナージャの前に行って立ち塞がる選択肢しか見えなかった。
大声でわめいて手に持った木剣をめちゃくちゃに振り回す。型とか心得はどこかに吹っ飛んでいっていた。それでも渾身の力で振り回した切っ先がゴブリンの目元に当たり、ひるませることに成功する。
俺は何とか包囲網の一角を抜け、ナージャのもとにたどり着いた。
「アレク!」
「ナージャ、無事か?」
「うん、だいじょうぶ。怖かったよ……」
必死で涙をこらえるナージャに安どするが、状況は悪化していく一方だ。俺が殴りつけたゴブリンは怒りで口元に泡を噴きながらわめいている。殴られて終わりとかっていう状況ではなさそうだ。っていうか普通に命の危機だ。
「走れるか?」
「……うん、がんばる」
「俺が突っ込む。すぐ後についてくるんだ」
「わかった」
ナージャが俺の服の裾をぎゅっとつかむ。最初はすごく震えていたが、徐々にその震えが収まっていく。
「うん、だいじょうぶ。行こう!」
「よし、行くぞ!」
ナージャが頷いたのがなぜかわかった。後ろにいて顔も見えないのにな。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
大きく息を吸い込んで、のども張り裂けよとばかりに声を張り上げた。
その声にわずかにゴブリンたちがひるむ。一番近くにいたやつに渾身の力で木剣を振り下ろす。教わった型どおりに振り抜かれた剣は、骨を砕くいやな感触を俺に伝えてきた。
けど怯んでいる暇はない。そのまま足を進め、次のゴブリンを殴り倒す。ミシッと少し剣がきしんだ気がした。
俺たちを取り囲んだゴブリンは5体。うち2体を叩き伏せた。さらに足を進め、最初に殴りつけたゴブリンが棍棒を振るってくる。
「これなら父さんが振ってくる剣の方が速い!」
真っ向から打ち合ったら力負けする。だから体を横にずらして、空振りさせ、体勢が崩れたところに水平に剣を振り抜いた。
顔面を痛打されたゴブリンは血を噴いて吹っ飛んでいく。残りの2体は驚いたのか、その場で立ち尽くしていた。
来た道を戻るために足を踏み出す。ナージャの手を引いて走る。このまま逃げ切れる。そう思った時だった。後頭部に衝撃が走った。
バランスを崩して転倒する。転ぶ前にナージャの手を離したのは上出来だった。そして、チカチカする視界の中、石を投げつけてくるゴブリンの新手を見つけた。
意に石でも詰め込まれたような重苦しい感情を感じる。それは多分恐怖だ。要するに俺たちは誘い込まれていたのだ。
再びナージャを背後にかばい、飛んでくる石を木剣で弾くが、次第に受けきれなくなって体にいくつも痣を作る。
そして、ついに一回り大きなゴブリンが現れた。そいつはでっかい棍棒を振り回してくる。ナージャをかばっていることと、離れたら別のゴブリンが襲ってくるだろうことを考えると、その場で受ける以外の選択肢はなかった。
数度受け止めるが、どんどん手がしびれてくる。
「アレク! アレク!」
後ろから聞こえてくるナージャの呼びかけも涙声だ。ナージャを泣かすとは……許せん。ゴブリンの振り下ろしに対抗して、全力で木剣を叩きつけた。
相手の振り下ろしを弾くことができたが、ついに木剣が限界を迎える。根元から折れ飛んだ。
同時にゴブリンの棍棒も吹っ飛んでいた。
「逃げろ!」
ナージャに声をかける。同時に俺も走りだそうとする。そして感じた違和感。その正体は腹に突き刺さる剣と、異常なまでの灼熱感だった。
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