77話 腹ごしらえはしっかりと

 城門の前でフェイを地に降ろした。辰が城門を守る兵に声をかけ、開門させる。


「西の龍王アレク殿とその妃ナージャ殿、並びに息女エイル姫のご来訪である。開門されよ!」


「辰様! 蛟様もいらっしゃるぞ! 開門だ!」




「ねえ、妃って……?」


「うん。嫁さんってことだね」


「だよね! うふふー!」


 ナージャが笑顔で俺の腕にしがみついてくる。


「お、おお……」


「なんと美しい」




 門番の人がなんかナージャに見とれている。だから思わず抱き寄せた。


「俺のです」


「……はわ」


 ん? ナージャが顔を真っ赤にして固まっている。




「アレク殿は非常な愛妻家である。失礼なふるまいはせぬように」


「「ははっ!」」


 そうして俺たちは彼らに案内される形で洛の街中に足を踏み入れた。




 なんかナージャがおとなしい。無言で耳まで真っ赤にして俺の腕にしがみついている。


 普段なら周りの景色を見ていろいろと声をあげているんだけどな。


 あっちの屋台とかじつにナージャ好みの料理を出しているように見える……。


 なので聞いてみることにした。




「んー、どうしたの?」


「いや、あのね。いつもアレクってなんていうか、そこまで感情出さないよね?」


「そうかな? ナージャが大好きだって気持ちはいつも出してると思うんだけど?」


「はう、はうううううう……それはよくわかってる。いつもありがとうね」


「いえいえ、どういたしまして奥さん」


「うぐっ! アレク、それ反則」


「いや、ナージャがそれを言うか? 俺がいつもどれだけドキドキしてるか……」


 こてんと首をかしげて見つめてきた。そう、それ。その表情とかしぐさで俺がどれだけ萌えているか……。


「うふふ、アレクもわたしが大好きなんだね。おたがいさまー。にゅふふふふふー」


 何このかわいい生き物。


「うゆ? ここどこ?」


 エイルが起きた。可愛いが二倍になった。


 ぴこんとナージャと同じ位置にクセ毛がある。髪色は俺と同じだけど、それ以外のパーツはナージャにそっくりだ。


「洛の街よ」


「ふぇー。いろんな人がいるねー。ふあ! あれおいしそう!」


 屋台で様々な香辛料を入れたスープが煮込まれていた。さらっとした感じでいろんな野菜や肉が入っている。刺激的な香りが鼻をついて、ナージャのお腹がきゅるるっと鳴った。


「うー……」


 ちょっと涙目でこちらを見上げてくるほどに恥ずかしかったんだろう。


「すいません、ちょっとさっきの屋台が……」


 というあたりでミズチが目配せすると、門番の兵の一人が走って行って、さっきの屋台から食事を3人前用意してくれた。


「最近、こちらで店を持ったカムイと申すものだそうで、こちらの飯にこのスープをかけてお召し上がりください」


 屋台が並んでいるところには、どこの料理を買っても座ることができるイスとテーブルが置かれている。


 共用スペースは役所が管理しており、そこを利用できる代わりに、税を取っているそうだ。なるほどねえ。




 俺はスープを少し舐めてみた。香辛料が効いているのか、ピリッとした辛みがある。野菜は素揚げしてあるようだ。肉はきっちりと煮込まれ、柔らかく、さらに香辛料で臭みが綺麗に消えていてそのうまみだけを引き出されている。


 スープだけだと味が濃いが、この飯があまり味がなく、スープの味と相まって最高のバランスを作り出す。


「ふわっ!」


 一口食べたナージャが絶句している。


「アレク、これすごい! おいしい!」


「ああ、猪仕留めたときにつかうペパーの実とハーブでもここまできれいに匂い消しにならないよな」


 エイルは無言でスプーンを動かしている。


「おかわり!」


「わたしも!」


 ナージャとエイルがすごい勢いで料理を平らげていく。その姿に人だかりができはじめた。




「すごく、うまそうに食べてるな……」「っていうか、いい匂いじゃないか?」「だよな。腹減ってきた」


「おい、兄ちゃん。俺にも1人前くれ!」「俺にもだ!」「飯は大盛で頼む!」「肉マシだ」「あたしは野菜多めね!」


 近くを歩いていた老若男女が屋台に殺到した。広場を管理していた役人が素早く食事希望の客を列に整理する。


「一番後ろの人、この看板もってね。後ろに誰か来たらその看板を渡してね」


「なるほど! そうすりゃあとから来た奴がどこに行けばいいかわかるな!」


 久しぶりに人間モードになったフェイが屋台の運営をメモに取っている。


「チコさんに情報を売りつけるのです!」


 うちのペットはたくましい。エサ代も自分で稼ぎそうな勢いだった。


「眷属なのです。ペットじゃありません!」




 こうして洛の街に一つのブームが巻き起こった。小さな屋台の主であったカムイは、ほどなく自分の店を開き、彼の名は洛の立志伝として語り継がれるのである。




「えーっと、そろそろ黄龍様のところに案内してもいいですか?」


 辰は半泣きだった。

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