78話 老いたる竜王
「こちらです」
辰の案内で通された居室に入る。そこは穏やかな気配に満ちていた。
「ふわああ……」
ナージャが絶句している。それほど広くない居室からは、中庭が覗いている。
その中庭は外から水を引いているのか、小さな滝があって池に注いでいた。池からは川を模した水路が流れ出ており、サラサラと水音が聞こえてくる。
池の真ん中には小島が作られており、そこには竹と呼ばれる植物が生えていた。
池と川には魚が泳ぎ、庭木の間は小鳥が飛び交っている。そこには小さいながら世界があった。
庭に面した寝台には一人の老人が背もたれに寄りかかっていた。
「お初にお目にかかる。中つ国を治める黄龍と申す。若き龍王よ、お主の来訪、心より歓迎する」
「アレクと言います。こちらは妻のナージャ。娘のエイルです」
「おお、これは美しい。そちらの娘御も今後が楽しみじゃのう。ふぉっほっほっほ……ゲホゲホ」
エイルを見る目線に少しいやなものを感じた俺は思わず殺気を飛ばしていた。それに反応し、せき込む黄龍。慌てて辰が背中をさすっている。
「おじいちゃん。だいじょうぶ?」
「おお、お嬢さんは優しいのう、ありがとう、ありがとう」
優しい手つきでエイルの頭をなでる姿は、好々爺そのものではあった。
「うゆ……」
エイルの性格は、無条件で傷ついたものに同情し癒そうとする。そして、エイルの力で癒された森の動物たちが多数、その眷属となっていた。
「ちゅー!」
エイルの肩に乗っていたリンドが警戒する声を上げた。
そして俺は先ほどから探知に引っかかっていた気配に向けて魔法を解き放つ。
「光弾よ、敵を討て! レイ・アロー!」
庭木の上で気配を消していた、おそらく応龍の配下であろうドラゴンが、魔法の矢に撃ち抜かれて地に落ちた。
「くっ、殺せ!」
手加減したからしばらく身動きはできないはずだ。捕らわれることを恐れての言葉だろう。
「死んじゃダメなの!」
エイルがすっ飛んで行って涙目で治癒魔法を唱える。
「バカな! こんな子供が龍魔法の高速詠唱だと!?」
「うにゅるうにょろにゅるるるるるるる……ヒーーーール!」
パアアアアアアと温かい光が倒れ伏すドラゴンを照らす。
ばっと起き上がり、そのまま交流に向けてブレスを放った。
「黒龍の名において顕現せよ、龍麟の盾よ!」
すかさずエイルが唱えた呪文でブレスは完全に防がれた。
「めーーーーっ!」
その結界の盾を飛ばし、ドラゴンの顔面にたたきつける。
「ぶぎゃあ!?」
再び地面に落ちると、ポムッと人間の姿をとる。それは黒髪の美しい女性の姿だった。犬耳と尻尾が生えている。その尻尾をゆらゆらと降らしながらエイルの前に跪いた。
「……御身が名をお聞きしたい」
「エイルだよ」
「我が名は哮、犬の変化にして応龍さまの眷属でありましたが、いまより貴女にお仕えしたい」
「え? パパ―、この子飼っていい?」
どことなくずれた質問を投げてくるエイル。振り返ったときのしぐさとその笑顔に、ナージャがプルプルしている。
「アレク、かわいいね!」
「ああ、そうだな」
「パパ?」
こてんと首をかしげる姿に俺も撃沈されかけた。
「ああ、いいぞ。ちゃんと最後まで面倒を見るんだぞ」
「はーーい」
うん、なんかお座りして尻尾ふってる犬にしか見えねえ。
俺の許可の言葉を聞いた瞬間、すごい勢いでパタパタしだした。
「我が命を懸けて御身を守り抜くと誓います!」
「えー、大丈夫だよ。わたしはパパが守ってくれるし」
「なっ!?」
犬耳がへにょんってなった。わかりやすい。
「だからね、リンドとかと一緒でわたしのお友達になってくれる?」
「は、はい! 喜んで!!」
「んふー、よろしくねーコウちゃん」
「はい!」
その光景を見ていた黄龍は色々と凄まじかった。
「ぶひゃひゃひゃひゃ! ぐわはははははははは! ぎゃはは……げほごほ」
笑いすぎてせき込み、辰が介抱している。
「ナージャ、なんなんだろうな?」
「んー、たぶんだけど、これが素じゃないかなあ」
「俺もそんな気がする」
しばらくして笑いの収まった黄龍が表情を改めてこちらに向き直った。
「さて、お主らを招いた用件じゃがの。この国を継いでくれぬか?」
「……だが断る」
「そうか、なれば応龍を討ってくれ……ってまて、いまなんつった?」
「断ると」
「ちょ!? この国をやるというておるのだぞ?」
「いらない」
「お主には欲というものがないのか!?」
「ありますよ。”人並みに”ね」
「人並み、とな?」
「そうです。俺の望みは家族の幸せだけです。それ以上のものはいらない」
「……世界最強の龍が何とも無欲なことだ。お主がその気になれば世界を手にすることもできように」
「そうですかね? 力で押さえつければ反発を生みます。結果焦土の王になっても意味がない」
「……クハハハハハハ。愉快なり!」
唐突に笑い出した黄龍は先ほどまでとまた雰囲気が変わっていた。威風をまとい、王としての姿を見せる。
「すまぬな。お主の心底を知りたかった。しかし惜しいのう。お主ならば間違いなく善き王となろうに」
「俺が求める力は本来は、家族を守るだけでいいんです。それが足りるなら別に世界で最強である必要はない。それこそ最下位から二番目でもいい」
「ふむ。それゆえにお主は力を振るわないのじゃな。お主が力を振るうは、友と家族を守るときのみ」
「そうです。そこのミズチにも言いましたけどね。俺”たち”の力は強すぎる。それこそ簡単にこの世界を揺るがすほどに」
「それゆえ、みだりに振るうを戒めねばならぬ。まあ、こればかりは力を持つ者にしかわからぬ道理よな」
「ま、そういうことです。ということで、すいませんがお仕事に戻っていただきます。エイル、やっておしまい!」
「はーい! うにゅるうにょろにゅるるるるるるる……リザレクション!」
「うぬ、ぬおおおおおおおおおお!?」
「「おおおお!」」
ミズチと辰が驚きの声をあげる。
「ばかな! 応龍様がつけた呪詛を消し去るには、それ以上の力がいるんだぞ!?」
哮が思い切り口を滑らせた。まあ、わかってたことではあるが。
「ナージャ。やっちゃって」
「はーい。さっき読んだ魔導書に使えそうなのがあったんだよね。にゅふふ」
「はっ!?」
「はい、ここにエイルの髪の毛があります。これを触媒に……黒き王よ、契約をつかさどる夜魔の王よ、わが身のかけらをここに捧げ、契約の楔となさん……カース!」
エイルの髪が首に絡みつき、そのまま吸い込まれるように消えた。
「何をした!?」
ナージャはいつものふんわりした笑みを浮かべながら魔法について説明した。
「んー、エイルに害意を抱いたり、敵対したら……子犬になる呪いをかけたんだよ。けど、エイルのお友達になって、守ってくれるんだよね?」
「あ、あ、あ……は、はひ」
尻尾が股の間に入ってプルプルしている。エイルを利用しようとすると、親龍の逆鱗に触れるんだよ。わかってくれたはずだよな。
「な、治ってる!」
背後から老人の姿から青年の姿に変わった黄龍が寝台の上で飛び跳ねていた。
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