79話 力を振るう時と場合

「みなぎってき・た・ぜーーーー!」


 なんかオーラを放出しながらふんぞり返っている黄龍をみて皆が唖然としていた。


「ミズチ、どういうこと?」


「いや、私も何が何やら……」


「んー、あれが素みたいねー」


 ナージャがあっけらかんと言い放つ。


「皆のもの、続け!」


 ボムッと音を立てると、人身から龍に変化した。そのまま一気に天へと駆け上がる。


「フェイ!」


「はい!」


 阿吽の呼吸で、フェイが大きくなって俺たちがその背に飛び乗る。


 とりあえず、ミズチは何とか首根っこを捕まえて一緒に乗せることができた。


「ポチ! あんたはそこの二人を連れてきなさい!」


 ナージャが謎のあだ名をつけた哮はしょんぼりしながら姿を変え辰と蜃をひっつかんで飛び立つ。


「奥方様、そのポチというのは……?」


「んー? 何となく呼んでみただけよ。なんか犬って感じしない?」


「え、あの、その……」


「ママ、ポチ、イイね!」


 エイルが気に入ったようだ。この瞬間、彼女の名前はポチに決まった。一応俺だけは本名を覚えておくとしようか。




「ふはははははははははは!!」


 高笑いしながら空を駆ける姿は躍動感にあふれ、力強い。


 放出された魔力に引っ張られて雲が集まり、稲光が輝いた。


「この国で龍王とは、水をつかさどる。恵みの雨を降らせ、荒れ狂う川を鎮める。そんな存在なのだ」


「なるほど」


 眼下を見下ろすと、一面に麦が植えられている。洛の食料を支える平野なのだろう。水路はわずかながら水をたたえているが、一部では水が行き届かず、麦が枯れ始めて色が変わりつつある。


 若干の手遅れはあるかもしれないが、この雨で持ち直すことができるだろう。そう思われる状態ではあった。




「黄龍様じゃ!」


「おお、ありがたやありがたや……」


 天を仰ぎ、地に臥して拝む民の姿はまさに神を見るかのようだった。


 黄龍が民を守りあがめられていることは間違いなく、その彼を攻撃してしまえば、水が回らず国が疲弊する。


 そして、応龍自身も国を守ることに熱意を燃やしていたと聞く。


「何でだろうな……?」


「どうしたの?」


「いや、黄龍も応龍も、この国を愛して守ることに迷いがなかったんだろう?」


「んー、そうだね。多分だけど……やり方、じゃないかな?」


「やり方、か」


「そう、龍は大きな力を持つけど、森羅万象すべてを統べるわけじゃないからね」


「そうだな、できるとしてもやりたくないけどな」


「ふふ、それはどうして?」


「そんなことしてたらナージャとイチャイチャする時間が無くなる」


「ふわっ!? う、うん、嬉しい……よ」


「俺の力は家族を守るためにあるんだ。なんだかんだでそこをはき違えたらいけないと思うんだよ」


 俺がそう伝えるとナージャはにっこりと笑みを浮かべた。


 フェイの羽毛に埋もれてすやすやと眠るエイル。エイルの使う力は強大だが、すぐに息切れする。一撃で相手を倒さないと、自身が危険にさらされる。けどエイルは優しいから相手を傷つけることができない。


 だから、親である俺たちが敵を倒す。場合によっては非情に徹する。ナージャだって好きで呪詛系の呪文を習得したわけじゃない。


 仮に、エイルにそういった呪文を向けてきた相手がいたときに対抗するためだ。


 ナージャの本質は温かく優しい。慈愛に満ち溢れている。その慈愛ゆえに悪鬼となることもいとわない。そういうことだろう。


「ね、ねえ。アレク」


「うん?」


「わたし、別に誰にでも優しくないよ? わたしが好きな人とか、親切にしてくれた人だけだよ?」


「んー、そうかもな。それでいいんじゃないか?」


「うん、そうだよね」


「俺たちの力の振るい方は俺たちが決める。そういうことだろう?」


「そうそう、アレク、わかってる!」


「そりゃもう。ニーズヘッグの息子、だからね」


「あ、それだとわたしとアレクは兄妹になっちゃう?」


「ニーズヘッグは義父です」


「うん!」




 などとよくわからない会話をミズチは神妙な顔をして聞いていた。


「力ある者は弱きものを守るべきだ。そう教わってきました」


「うーん、間違ってはいない。その究極があの黄龍の力なんだろう」


「そう、ですね。以前もお話しましたが、アレク殿がその力を人々のために振るえば……」


 すがるような目で見てくるミズチだが、俺は静かに首を横に振った。


「俺の力の本質は破壊だよ。何しろニーズヘッグの後継者だからな」


「ですが!」


「だからこそ、力を振るう時と相手を選ぶ」


「……それは」


「さもなきゃ世界が滅ぶ」


「アレク殿は、それほどの力を持って、怖いと思いませぬか?」


「そりゃもう、いつもびくびくだよ。守るべきものを壊しかねないからね。けれど」


「けれど?」


「あるもんは仕方ない。そう割り切るのさ」


 ぽかんとした表情で固まるミズチ。予想外の答えだったのだろう。


「ふ、ふふ、そういうものですか」


「ああ、嘆いてもどうしてもこの力を投げ捨てるわけにはいかない。じゃあ何とかしないといかん。となれば何とか付き合うしかないだろう?」


「は、はは、はははははははは」


「お前さんにも悩みはあったんだろうけどな。ま、そんなもんだ」


「ええ、なんかスッキリしました。とりあえず、黄龍様の向かう先は……」


「応龍のもとだろう?」


「そうです、ああ、見えてきましたね。あれが西の都、安です」


 龍の身のまま黄龍は都市の中央に向け降下を始めた。城壁上から魔法と矢が黄龍に向け打ち出される。


 黄龍はその身にまとった雲と雷で迎撃を蹴散らす。そして、宮殿に降り立った。

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