70話 過去の因縁

「円陣を組め!」


 ロレンスさんが冒険者たちに指示を出す。散発的に岩や矢、魔法による攻撃は飛んでくるが、防御障壁や、外周部に配置された重戦士の盾で阻まれ被害は出ていない。


 周囲を探ろうとするが、術に干渉されうまく探れない。大き目の魔力は感知できるが敵の数がぼんやりとして見えてこないのだ。




(フェイ、こっちに来れるか?)


(主様、何が起きているんですか!?)


(ってことはそっちもか……)


(ええ、トロールを中心にした魔物の集団に攻め寄せられています)


(わかった)


(倒しても?)


(やっちゃって!)


 なぜか最後の一言にナージャが割り込んだ。俺が飛ばした念話よりうれしそうなのは何なんだろうか。


 最近フェイのブラッシング、ナージャがやってたからなあ……。




「……吹抜けし者、汝ら風の精よ、我が友リンドブルムの名を借りて汝らに命ず。我が目となり、耳となりてその姿を現さん」


 呪文に乗せて魔力を周囲に放つ。風の精が俺の魔力を核として集まり、小鳥の姿で掌の上に顕現した。


 手を頭上にかざし、小鳥を空に放つ。ある程度真上に上昇した後、空中で四方八方に分身して、周囲を見渡す目となった。




「……今更ですが、アレク殿の魔法の技術も大概デタラメですな」


「そう? ナージャみたいに物理と魔法の防御結界を重ねて展開とかできないけどね。あと回復魔法使えないし」


「基準がすでにおかしいと思いますぞ?」


 ミズチのツッコミを華麗にスルーして、俺は使い魔の視界にリンクする。


 周囲を囲む亜人たちの軍勢はおおよそ二千。レンオアム公の率いている軍勢が千五百だから、数の上では負けている。


 ただ相手も積極的に攻勢に出ておらず、小競り合い程度の戦いしか起きていない。そんな中で、龍クラスの魔力を持つ存在を見つけた。直後、飛来した魔力弾が視界を埋め、俺の視界は元の場所に戻っていた。


「見つけた」




 俺の一言にロレンスさんがこちらを振り向く。


「アレク殿、打開の策は?」


「頭を叩きます。ミズチさん、こっちの部隊は任せます。敵が出てきたら蹴散らしてください」


「承知」


「ナージャ、背中は任せた」


「うん、任された!」


 ナージャはエイルと手を繋いでついてくるようだ。




 俺はグラムを抜き放ち、無造作に足を踏み出す。ナージャも散歩に行くような足取りで、俺の後についてくる。


 数体のゴブリンが前に出てくるが、俺の魔力を感じるとその場にへたり込んだ。トロールの振り下ろす丸太もスパッと断ち切られる。


「ふん!」


 魔力を放出すると、その圧力で俺の前を遮っていた魔物たちが吹き飛ばされ、背後から「キャッ!」とかわいらしい声が聞こえた。


「アレクのえっち」


 別にナージャのスカートが舞い上がったのはわざとじゃない。足元に使い魔がいたのもたまたまだ。だからピッタリ背中にくっつくんじゃない。背中に幸せな感触を感じつつ歩を進める。


 そしてその先に、ローブを着た魔導士風の人影が見えた。フードを被っていて性別や種族はわからない。ただ、龍に届こうとするレベルの魔力の高まりを感じ取ることができた。




「さて、名を聞こうか」


「……忌まわしき力を感じる」


「話は通じないか……なら」


「待って!」


 俺がグラムを振るおうとするとナージャがそれを押しとどめてきた。


「その力、ニーズヘッグに連なる者か」


「やっぱり」


 ナージャの顔色は良くない。


 フードを外すとその下から見えたものは……髑髏だった。アンデッド……恨みや恐怖、怒りなどの強い感情を抱えたまま死んだ者の思念に魔力が流れ込み、魔物化する。


「お父様の……」


 その一言で大体の事情が分かった。黒龍王戦争の犠牲者がアンデッド化したのだろう。そして、人に住処を奪われた亜人や魔物たちを従えたのだろうか。




「アレク、わたしが決着をつける」


「大丈夫か?」


「うん!」


 実際、俺がやれば一撃で勝負はつく。周囲への影響を考えなければここに集った軍勢を相手にしても、だ。


「俺ならお前たちを一撃で滅ぼすことができる。それはわかるな?」


「……」


 無言でうなずいたのを確認した。


「俺は手出ししない。だからお前も周りに手出しさせるな。余計な犠牲を出したくないだろう?」


「いいだろう、我が名はファフニール。ニーズヘッグの血族を根絶やしにしてくれん!」


 すっと手をあげると軍勢が退いていく。そしてファフニールとナージャが二人で向かい合った。




 ナージャは腰から短杖ワンドを引き抜き構える。


 ファフニールは背から大剣を引き抜いた。そしてナージャに向けて突進する。


「貫け! エナジーボルト!」


 瞬時の溜めもなく魔法が発動し、魔力弾が連続で飛んでいく。世界樹の枝を切り出して作った杖だ。


「GORAAAAAAAAA」


 人のものと思えない咆哮を上げて剣を縦横無尽に振るう。自らの魔力を乗せ、ナージャの放った魔弾をすべて切り飛ばして見せた。同時に距離も詰めている。


「うー……大地よ、牙を向け!」


 ナージャが杖先を地面にたたきつける。そこから魔力が放たれファフニールの足元で鋭くとがった岩の槍が突き出された。


「GYAAAAAAAANN!!」


 飛び上がって避ける。そこにナージャが放った魔力弾がたたきつけられる。詰めた距離は再び開いた。


「ママ、がんばってー!」


 エイルが真剣な表情でナージャを応援している。その姿にナージャの頬は笑みを形作り、ファフニールはエイルにも怨嗟の視線を向けた。


「貴様を殺した後、あの子供も食らってくれん」


「無理ね。あなたにわたしは倒せない」


 ファフニールの挑発に乗ることなく、ナージャは魔力を高めていく。周囲に並の魔法使い何人分かわからないほどの高密度の魔力球が現れた。


 ファフニールの方も溜めた魔力を一気に放出する機会を図っている。戦況としてはナージャが不利に見えた。ナージャの攻撃はすべてはじかれるか防がれているため決め手がないかに見える。




 そしてファフニールが動いた。

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