71話 普段温厚な者がブチ切れるとえらいことになる

「GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 咆哮を上げて突進してくる。構えは刺突、剣の腹は地面に水平にしている。仮に突きが避けられても、そのまま薙ぎ払いに移行できる。

「輝きよ!」

 ナージャの掌から魔力が放たれた。そのひとかけらの魔力はファフニールの目の前で閃光を放つ。

「愚かな、アンデッドの我に目つぶしが効くと思うてか?」

 一瞬もひるむことなく突進し、その勢いのままに剣を突き出す。

「ふっ!」

 ナージャは身体をわずかにスライドさせて突きを避け……。

「堅牢なる刃よ! カラドヴォーグ!」

 ワンドから魔力を放出して、剣のように刃を構成した。

 そのまま跳ね上げ、魔力の刃でファフニールの剣を叩き斬る。

「KISYAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 剣を斬り飛ばされたファフニールは叫びつつそのままナージャの肩をつかむ。その間合いではワンドの刃を振るうことはできない。そしてファフニールは口を開くと尖った歯が並んでおり、そのままナージャの喉首めがけて噛みついてきた。


「ナージャ殿!」

 ミズチが悲痛な叫びをあげる。そして俺とエイルは……平然とその光景を見ていた。

「はああああああああああああ!」

 ナージャが立ったまま身体をひねり、溜めを作る。そして、左足を勢いよく踏みしめ、その反動を捩じった身体を通じて伝え、そしてファフニールの身体に添えた掌打で爆発させた。


「バカなあああああああああああ!?」

 吹き飛ばされるファフニール。ナージャが魔法使いだと勘違いしていたんだろう。龍の力が目覚める前でも人間としてかなりの高みにあった格闘術。

 龍の力が目覚めれば……俺の手はナージャを攻撃できないことはさておいて、徒手格闘術では俺はナージャに勝てない。単純に技術面で、だ。


「ふう、引っ掛かったね。プークスクス」

 ナージャがあっけらかんとした笑いで……挑発した。

「NUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 再び牙をむいて、襲い来るファフニール。指先からは爪が伸びて、鋭い先端を向けている。

「ふうううううう、はあ!」

 突き出された爪を真下から裏拳で叩く。同時に踏み込んで肘を胴に叩き込む。

 叩かれた爪は砕け、肘を叩きつけられた胴は、骨が砕けて、そのかけらが飛散する。

「うふふふふふ、わたしの可愛いエイルに手を出そうとするとか……」

 ナージャが放った濃密な殺気に周囲の亜人たちが凍り付く。先ほどの攻撃は、当てた瞬間だけ魔力を放出して打撃力を倍増させていた。

「母龍の逆鱗に触れたな」

 龍は家族をこの上なく大事にする。ひとたび心を交わした相手とであれば地獄の底でさえも付き従い、その間に生まれた子供であれば、わが身をなげうってでも守ろうとするだろう。

 もちろんナージャにそんなことをさせるわけがない。

 ただ、あんだけ怒り狂ったナージャを止める手立ては俺にはない。そもそも、止める理由もない。

 ナージャはファフニールの攻撃をさばきつつ、末端からその身体を砕いていく。その怒りも、悲しみも、憎悪も、すべてを受け止めて。


「あなたがお父様を恨むのは仕方ない。けどね、わたしとエイルに八つ当たりしないの!」

「だがニーズヘッグは討たれた、この気持ちをどこにぶつければいい! ニーズヘッグの子よ。もはやお前しかいないのだ!」

「え? お父様生きてるけど?」

「……エ?」

「そもそも、一度アンデッドになってたし」

「……ハ?」

「けど、ベフィモスおじさんに復活させてもらってね」

「な、なんだってー」

 最後の一言はもはや感情が抜け落ちていた。これで完全に心が折れたのか。それとも新たに恨みを晴らす相手を見つけたためか。それはわからない。ただ、荒れ狂っていたファフニールは停止した。


「エイル。こっちおいでー」

「はーい、ママ」

「エイル、このお姉ちゃん治せる?」

「んー、やってみる」

「なに!?」

 呆けていたファフニールが反応した。

「んんんんんーにょっ!」

 エイルが魔力を集中して、そして開放すると……ナージャより少し年下くらいの少女がいた。

「んじゃ、いくよー。にゅにゅにゅにょにょにゅるにょにゅるるるる……ママ!」

 ナージャと手を合わせて二人分の龍の魔力が集約され、エイルの制御に従って方向性を定められる。

「にゅるるるるるるるるるるる……祝福(ブレス)!」

 光の塊がファフニールを包む。アンデッド化による呪詛の類が浄化されていった。

「もう一つ!」「うん! リザレクション!」

 もう一つの光の塊で、マイナスになっていた生命力が満たされていく。

「え、ふぁ? うにゃあああああああああああああ!!」

 年若い女性の声で悲鳴が上がる。いままでどこから出ているかわからない咆哮やら、無機質な声だけだったからなあ。そういえばナージャも「お姉ちゃん」って言ってたな。

 光が徐々に弱まり、それまでのスケルトンなシルエットから、妙齢の女性を思わせるシルエットが見えてくる。そして、俺の視界は唐突に奪われた。

「えいっ!」

 ナージャの情け容赦ない目突きによって。

「目が、目があああああああああああああ!!」

「アレクは見ちゃだめだよ?」

「ああ、わかってる。わかってるんだけどさ。なんで目を突く?」

「んー、アレクがそんな目で見ていいのはわたしだけだからだよ」

「ごめんなさい」

「うふふふふー」

 この時のナージャの雰囲気は、エイルを狙われたことにキレているときの5倍くらい怖かったとミズチが震えながら言っていた。


「んー、これがいいかな」

 ナージャがいつぞやシグルド殿下から分捕った、魔法のカバンから服を取り出す。

「あ、あの……」

「うん、いいから。ね?」

「はい」

 もぞもぞと服を着ているようだ。

 ちなみに、これらの状況は、音とか魔力の揺らぎとかで判断したので、見えているわけではない。


 眼球へのダメージが抜けて、視界が回復した俺の目に飛び込んできたのは、ナージャそっくりの少女の姿だった。

 ちなみにエイルは全力を使い切って、久しぶりにドラゴンの姿に戻ってナージャの腕の中ですやすやと眠っている。

「えーっと……?」

「うん、とりあえずわたしの妹にしたから」

「えー……?」

「ナージャ姉さんの眷属兼妹になりました、ファフニールです。コンゴトモヨロシクオネガイシマス。お義兄さん」


 うん、よくわからなかった。

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