閑話 とある王子様の葛藤(中)
さて、あれからまたふた月が過ぎた。冒険者ギルドの受付嬢から教わったやり方で鍛えると、面白いくらいに力が付くのが分かった。
また、チコの助力を得て、シリウスと共に冒険者として登録した。はっきりと言えば俺たちの武術はお座敷剣法だ。まともな実戦経験がない。武器は刃引きされているし、場合によっては寸止めである。もちろん型とは最も効率よく動くための動作をなぞったもので、その訓練は無駄ではない。
しかし、実戦においては常に理想的な体勢でいることは不可能だ。戦場において剣を突き付けて勝敗を決めることは現実的ではなく、倒す、すなわち殺すことが必要である。
また、魔物を倒すとその魔力を取り込むことができる。それが力の向上に役立つとも聞いた。一流の冒険者にはそれこそ人外の力を持つものがいるのはそういうことらしい。
例えば、どこかの領主が反乱を起こしたとする。そこに一線級の冒険者の小隊を作ることができれば、それだけで一軍に匹敵する力を持つこともありうる。
衆寡敵せずというが、突き抜けた個人の武勇に戦況が左右される。それこそ力ある魔法使いの広域殲滅魔法などであれば、一撃で百の兵を焼き払われてもおかしくはない。
「というわけだ」
「殿下。自己弁護がどんどんうまくなっていきますな……」
「シリウス、時には臣下を説き伏せることも必要であろうよ」
「場合によっては力ずくで、ですか?」
「まあ、な。だから爺の説教はお前聞いておいてくれ」
「なりませぬ! それに一度私が引き受けたからといって、結局殿下も捕まったら同じですよ?」
「むう、俺たちが冒険者をやっていることがどこからばれた……?」
というあたりでバタンと扉が開いた。
「殿下……いったい何をやっているのです!!」
雷神の一喝のごとき怒声が部屋に響いた。眼を回しているメイドもいるくらいの大音声に、窓ガラスが震えている。
「でかい声を出すな。いうなれば社会勉強、だな」
「高貴なる身にそのようなこと、必要ありませぬ!」
「そうか? そうやって貴様らは俺の眼を塞ごうとする。なにか見られたらまずいことでもあるのか?」
「そういうわけではありませぬ。お目汚しなものを見てはならぬと言っておるのです」
ため息を吐きつつ言葉を重ねる。
「ふむ、貴様のその感覚があのスラムを作ったんだぞ?」
「何を申されるか!」
「ふん、いちいち怒鳴るな。見たくない者から目を背けよと言っていることと同じではないか。それで、問題から目をそらし続けて先送りにしてどうなる?」
「……」
「俺が思うにな。問題というのは先送りにすればするほど解決が難しくなる。事態はどんどん悪化するからな」
「では、殿下は何をしたいのですか?」
「この国をよくしたい。それでだな、いま考えているのが辺境の視察だ」
「なりませぬ!」
「何がいかんというのだ? 危険か? それとも見られたらまずいものでもあるのか?」
「そうではなく……」
「であればその理由をまず説明すべきだろうが。いきなり頭ごなしにダメだけでは何もわからぬ」
「……陛下に報告いたします」
「そうか、なればそうするがいい」
侍従長はそのまま立ち去った。
「殿下、見事な口先三寸ですな」
「あまり褒めるな。照れるではないか」
「……して、どうなさるのです?」
「レンオアムに行ってみたいのだ。北方辺境は帝国と領域を接し、さらに魔物が跋扈する領域も残されている」
「……ヒルダ様とは無関係、なのですか?」
「なぜそこでヒルダの名前が出る!?」
「いえいえ、わが主が御執心な女性のことなど、なんとも?」
「答えを言っているも同然ではないか!」
「はっはっは。殿下も男ですなあ」
「やかましいわ!」
翌日、父王に呼び出されたが、逆に論破してレンオアム視察を勝ち取った。条件はシリウス他、近衛から一個小隊を引き連れること、だった。
「思ったよりちょろかったな?」
「……陛下に対してなんというものいいですか」
「親父は親父だ。王冠なんぞという窮屈なものをかぶっているが、な」
「王の位を望む者は多いでしょうに」
「あんなもん、ただの管理者だ。極論を言えば宰相当たりの言うことに全部頷いていれば誰でも務まる」
「それ、ほかの人の前では言わないでくださいね?」
「現状維持ならばそうだろう。しかしな、よりよい国にするには強力な意思がいる。王であろうと、自分の利権のためにあらば容赦なく足を引っ張ってくるだろう」
「ああ、でしょうね」
「今の俺は立太子もしていないただの王子だ。ただ、立太子自体は時間の問題だろう」
「そう思います」
「可能な限り自分の眼で見て、自分の手で触れる。それをまずしておかねば、見当違いな命令を発して現場が混乱する」
「おっしゃる通りです」
「っていうか、お前さっきから真面目に聞いてるのか!?」
「いや、恋の力ってすごいなーと。今まで何をするにもやる気がなさそうだった殿下がここまで変わるかと」
「……あいつの前で無様な姿をさらすくらいなら、死んだほうがましだ」
「いえ、それはいけません。死んだらあの方を守れませんよ?」
「そう、だな。石にかじりついてでも生き抜かねばいかん。細だな恥辱は犬死であること、か」
「さすがわが主です」
さらに一月後、王都から北に向けて旅立った。レンオアムまでは7日ほどの距離で、王都から出たのは初めてのことで、俺は浮かれていた。
何度か魔物の襲撃を受ける。武装した一団に向かっても攻撃を仕掛けてくるのだから、行商人などは非常に困っていることだろう。
ただし、冒険者などの護衛依頼もあるし、魔物の根絶自体も不可能である。騎士団の任務として間引きなどはすべきだろうし、冒険者に常時依頼として、ゴブリンなどの討伐をさせるべきか。
街道の安全が向上すれば、商人の往来も増えるだろう。そうすれば税収は上がるからそこからかかった経費を回収できる。
最初の持ち出しは、投資とみるべきだな。などと思いついた方策を書き留めて行く。
「殿下、栄えある騎士団に魔物退治とかふざけているのですか!」
「ふざけているのは貴様だ! 民の安全を守るのが騎士団の役割であろうが! 弱き者の盾となるがその誇りであろうが!」
「ぐぬ……」
「近衛と、ほかの騎士団との人材交流も考えねばならんな。あとは地方騎士団とも、だな」
あえて声に出すことで危機感をあおってみた。これはのちに下策だったと気づくが、浮かれていた俺はそこまで考えが及ばなかったのだ。
ここで一言加えればよかった。「他の騎士団で活躍したのであれば、近衛でも出世させる」と。また、ほかの騎士団に近衛がまことの精鋭であると示せとか、いろいろやりようはあった。
これも若さゆえの過ちであったと今であれば認められる。そこは、俺も大人になったということだろうか?
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