閑話 とある王子様の葛藤(後)
レンオアムの街についた。公爵家の領都だけあって、賑わいは王都にも劣らない。大人数で歩くと目立ってしまうため、俺はシリウス他数名だけを率いてギルドに向かっていた。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いいたします」
「……なんでここにいる?」
「えー、だって貴方様の身分とかほら、あれこれありまして―」
「まあ、いい。情報が欲しい」
「筋肉撫でてもいいですか?」
俺はため息を吐きつつ、ぐっとこぶしを握り締めた腕を突き出した。
「ヒャッハーーー、なんという上腕二頭筋!」
鼻息荒く俺の腕にぶら下がる。というか、いつカウンターを越えた!?
「ふふふ、それは乙女の秘密なのです」
チコの底知れなさに俺は独り戦慄する。ちなみにシリウスも唖然としていた。
「で?」
「はい、堪能しました。はふう……」
「それはもういいから」
頬を染め、目を潤ませているチコからは異様な色気が漂う。周囲の冒険者たちが固唾をのんでいた。
「そうね、ではお仕事の話をしましょ」
くるっと雰囲気が元に戻る。背後からはガタガタッとコケる音が聞こえて来た。シリウスもなぜか体勢を崩している。
「え、ええ……?」
「うむ、気にしたら負けだ。あれはああいう生き物と思え」
「えーっと、殿下の度量に感服しました」
「そんなことで感服されてもだな……」
などとやっていると、すっと書類が差し出される。中身は……なるほど。
「ふむ、これはいかんな」
「ええ、魔物の討伐率が非常に低いの。冒険者たちの損耗率も高い」
「ふむ、騎士団はどうしている?」
「実は……」
「まあ、言いにくいのはわかる。しかしここでごまかしても仕方ないだろう」
「ええ、はっきり言えばまったくね」
「そうか……公爵は何を考えている?」
「北の帝国が蠢動しているから迂闊には動かせないっていう考えのようね。あとは、やたら魔物が強いって言うのもあるみたい」
「どういうことだ?」
「ゴブリンの上位種とかが出てるみたいですね。それで、ただのゴブリンだって出て行って返り討ちになってるようで」
「なんということだ。して、誰も手を打っておらぬのか?」
「いえ、お嬢様が……」
「ヒルダか!?」
「おっと、落ち着いてくださいね。まあ、あれです。手勢を率いてあちこちで魔物討伐を行っていますね。逆にそれが無かったらちょっとまずい状況です」
「で、あるか。なれば俺もそちらを手伝うか?」
「んー、表立ってはまずいですね。領地への干渉になりかねませんし」
「うぬ、なればどうすればよい?」
「冒険者として活動しましょう!」
いい笑顔でいい放つチコをジト目で見てしまう。
「おまえ、ギルドの功績稼ぎに利用する気か?」
「ま、そこはあれですよ。ギブアンドテイク?」
「……承知した。依頼書を出してくれ」
「ありがとーございまーす」
こいつにはかなわんな。というか、俺が権限を持つことが出来たら、こいつを出世させてやる。そして馬車馬のようにこき使うのだ。
「なんか変なこと考えてません? はっ! わたしの身体が目的?」
「なわけねーだろ!」
「ふふふ、わかってますよー。お嬢様一筋ですよねー」
「うむ、わかってるならからかうな」
「おお、認めた。いっそ男らしい」
いくつかの依頼書を確認し、それを部下たちにも割り振る。手分けして手近なところから魔物を討伐することにした。
地方の村などはかなりひどいありさまで、ギルドの依頼で救援物資輸送の護衛などもあった。
その中で知り合いになった四人組はかなりの腕前だった。舞うように敵を切り裂く戦士と、正確無比な狙撃を行う弓使い。
若干無謀だが、その火力は計り知れないと思わせた剣士。そして、付与と治癒を一手に担いつつも魔力切れを起こさない術師。
「あいつらをいつか我が部下に招きたいものだな」
「あー、どっかの子爵家の出身らしいですよ」
「そうか……なればさらに招きやすいな」
「殿下、すごい悪い顔してます」
「ふん、きれいごとだけで渡っていけるならこの世は生きやすいのだがな」
「なんか悟りましたね」
「世間知らずの坊やよりはよかろう」
「ですね」
ひと月ほども依頼をこなすうちに、領都周辺の治安は回復してきた。というか盗賊団だと思って潰したら帝国の工作員だったとか、国境の備えを見直さねばならんな。ただそれは公爵の仕事でもあるし……悩ましい。
などと考えつつギルドの中に入ると、チコが飛びついてきた。
「ふおおおおおお! 最近の連戦で鍛え上げられた大胸筋!」
とりあえずぺりっと引っぺがして窓口に放り込む。普通なら大けがをするが、こいつはシレッと椅子に座って受け付けを始める。
「というかですね、緊急事態なのですよー」
「口調と内容があってないぞ?」
「ええ、ここで騒いでもいいことは無いですしね。これを」
差し出された資料にはとんでもないことが書かれていた。ヒルダが討伐に向かったリザードマンの巣にドラゴニュートが発生したという情報だ。
ドラゴニュートは竜の端くれにあたり、並の武具ではその鱗を貫けない。ヒルダももちろんそれなりに武具で武装はしているだろうが……竜相手に戦えるほどとも思えなかった。
「全員招集! 北西の沼地へ出撃だ!」
すぐに集った騎士たちをまとめるが、一部が遅れているそうだ。俺はそのことにかまわず出撃を優先させた。
沼地への道はややぬかるんでおり足を取られやすい。慎重に足を進める。時折物陰から出てくる魔物はシリウスの槍に貫かれる運命をたどった。
「というか、お前また腕を上げたか」
「それはもう。近衛として恥ずかしくないようにしなくてはなりませんし」
「ありがたいことだ」
俺たちの会話を一部の騎士が苦り切った表情で見ていた。それに気づいていなかった俺も愚かだった。
しばらく歩くと、傷ついた兵たちが退却してきた。
「大丈夫か!」
「ああ、冒険者か。危険だ、逃げろ!」
「何があった?」
「ドラゴニュートが現れた。援軍を呼びに行くのだ」
「ならば俺たちも行こう」
「危険だ! 眷属のリザードマンが次々と湧いてくる、死ぬぞ!?」
「というかだ、まだお前の仲間は戦っているんじゃないのか?」
「姫様なら大丈夫だ!」
「わかった、援軍を呼ぶのはお前らに任す。俺たちは救援に向かう」
「……死ぬなよ」
「惚れた女を守るためなら死地にも飛び込む。だが必ず生還しよう」
俺のセリフの意味を分かっていないからか怪訝な表情を浮かべる。だが足早に沼地の境界を守る屯所に向け歩き出した。
「続け!」
俺たちはそのまま先に進むと、戦いの声が聞こえてくる。
「はあああああああ!」
白銀のレイピアを振るい、次々とリザードマンを突き伏せる。その姿の勇気づけられた兵たちがリザードマンと切り結ぶ。
しかし、戦場になだれ込んできたドラゴニュートはその勢いを一撃で粉砕してのけた。
一振りで複数の兵が吹き飛ばされ宙に舞う。氷の刃の魔法が降り注ぐが、リザードマンは討てても奴には一切効果がなかった。
ヒルダは果敢に攻めかかるが、剣先は奴の鱗を突きとおすことができず、だが大ぶりの攻撃はヒルダには当たらない。
しかし徐々に体力の差が出てくる防戦一方となり、ついにレイピアはその半ばを持って断ち切られた。
「クッ……殺せ!」
「ノゾミドオリニシテクレヨウ。ワガハイカヲタクサンコロシタムクイ。ウケヨ!」
そこに割って入った。
「そうはさせん!」
「え……シグルド、さま?」
「話は後だ。まずはこいつを倒す」
「無茶です! 逃げてください!」
「お前の前で敵に後ろを見せられるか!」
というあたりで大剣が振り下ろされる。さすがに真正面から受けては力負けするから、横っ飛びでかわす。
そして、剣が地面に食い込んでいるのを見て、一気に斬りつけた。
「ムダムダムダァ!」
しかし、さっくりと剣先は奴の鱗を切り裂く。
「龍殺しの剣、グラムを知ったか。なれば滅びよ!」
持ってきておいてよかった。あとで親父にどやされるだろうが、そんなことはどうでもいい。
真横に振り抜いた剣を頭上にかまえ、唐竹割りに振り下ろす。脳天から真っ二つに切り裂かれたドラゴニュートは断末魔の暇すらなく息絶えた。
ボスが死んだことを理解したのか、リザードマンたちは逃げ出す。追撃を行ってから撤収した。
「ありがとうございます。助かりました」
「礼には及ばぬ。いや、そうだな……俺の妻となってくれればよい」
「はぁ!?」
「命の恩人だからな。最大限に利用させてもらう」
「……そう言うの嫌いじゃありませんけどね」
「ならば公爵にあいさつに出向くとしよう」
というあたりでシリウスからツッコミが入った。
「殿下。さすがに陛下を通さねばまずいでしょう」
「むう、ではこの話は後日、だな。とりあえず帰るぞ」
こうして、ヒルダを救った俺たちはレンオアムの街に帰り着いたのだった。
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