閑話 とある王子様の葛藤(後日談
「というわけで、ヒルダ。君を俺の婚約者として発表していいか?」
「う、命を救われたのは事実ですし、お見事な武勇でした」
「そうだろ! 最初は君を見返したかった。けどいつか君に認めてもらいたかったんだ」
「ええ……あなたの努力と実力は認めます。けど……」
「けど?」
「わたくしの理想は強い方です」
「そう、だな。まだまだ上がある。俺は常に高みを見ている」
「くっ、これがつり橋効果と言うものですの? 馬鹿王子がカッコよく見えるとは」
少し悔しそうにつぶやく。そんな表情すら愛しいと思うあたり、俺も相当やられている。
「どう、だろうか? 俺は君のお眼鏡にかなわないか?」
「そう、ですわね。現時点では合格、ですわ」
「なら!」
「現時点では、と申しました。これより1年の間に、貴方様以上の型がわたくしの前に現れなければ、ということでいかが?」
「いいだろう。だがその時は俺がその相手に挑むことは許してほしい」
「もちろんですわ」
この時点で俺は勝ったと思っていた。しかし、龍王の騎士という規格外が現れるとは夢にも思っていなかったのだ。
彼、アレクがすでに妻を迎えていて本当に良かったと安堵したのは内緒だ。バレバレだったそうだが。
さて、いくつか聞き捨てならない報告が上がってきた。まず騎士団に内通者がいて、帝国に情報を売っていたり辺境の防備の任をボイコットしていたそうだ。
これは、冒険者を派遣して仕入れた情報で、慎重に裏をとった結果である。
「ブッ弛んでますわ!」
ヒルダは頬を紅潮させながら怒りをあらわにする。
「理由を探れ。特に優先順位が高い者には印をつけた」
「はっ!」
シリウスも冒険者にコネができ、ときには騎士団にスカウトしているようだ。
とりあえず、昇格させて部下を持つ権限を与えた。同時に人事権も与えたから、自分の部下について管理できるようにしておいた。
リストには裏切り者の中で、何か弱みを握られていそうな者を選別した。
騎士団の訓練に参加していることが功を奏した形だ。
そして再び上がってきた報告には、なかなかに厳しい現実があった。大きな借金を抱えてしまっている者とかはまだいい。博打で作った借金だったとしてもだ。
冒険者に混じって魔物討伐が不満だったからとかいう連中は騎士としての資格がない。自ら叩き斬ってやろうかとすら思ったが、さすがにそれは止められた。
というか、これが表ざたになったら騎士団の権威は地に堕ちる。それは同時に国の威信が揺らぐということだ。
いろいろと頭を抱える羽目になった。しかし、まずは力を持たねば何もできない。よって、まずは近衛の掌握に力を入れることにした。
「殿下、厳しくするだけではなりません。騎士である前に彼らは人なのですから」
「だが……剣を捧げたのだろう?」
「建前です。無論、その建前が大事であることは変わりません。しかし、それのみに人は生きるにあらず、です」
「至言だ。ということは俺にも原因があるか……」
「殿下の努力は常人の無しうるところにありません。故に、その物差しで人をはかってはいけません」
「胸に留める。そして改めよう」
「訓練、警備、待機のローテーションにて運用しておりますが、完全休暇を入れましょう」
「緊急事態以外は招集しないということでよいか?」
「左様です。あとは、やはり給料でしょうな」
「一般的な冒険者より収入が低いのは問題だな」
「建前だけではいかんというのもここです。人は欲望によって生きるもの。逆にそこで報いれば彼らはより働いてくれるでしょう」
「先ずはお前の給料からだな」
「はっ!? いえ、私は……」
「言い出した者が恩恵を受ける。となれば議論や意見も活発になるだろう」
「は、はあ。ありがとうございます」
そうして、騎士団の掃除と改革を推し進めた結果。近衛は真の精鋭と呼ばれるようになったと思う。
そんなある日、俺は父に呼び出された。
「シグルドよ。よくやっておるようじゃな」
「はっ、父上。この国を少しでも良くすべく、日夜励んでおります」
「そうか、良く……か。シグルド、来月そなたを正式に王太子とする」
「はっ、その言葉、待ちわびておりました!」
「そうか、我は怖かったぞ。王冠というくびきが、玉座という名の牢獄が、だ」
「そうでしょうな。わたしも同じですよ。一つ判断を間違えれば、正しい判断でもそれが遅れれば、人が死んでいきます。それこそスラムの住民のように」
「その責任を直視したくないからこそ、汚れた者として目をそらす。だがな、あれこそがこの国の真実よ」
「ええ、辺境ではまだまだ人の命が軽い。日々魔物に襲われ、人同士の争いで死んで行きます」
「ですね、けど、百人死ぬところでそれが一人でも減らせたら、それが私の仕事だと思うのです。飢え、希望を失い、世界を呪って死んでいくような人間を減らすことがね」
「ふむ、よい。我は立太子式の後は病として引きこもる。そなたを摂政として任じる故に、好きにやれ」
「……よいのですか?」
「そもそも、今でも宰相が好き勝手やっておるわ。まずはあ奴の手綱をとるのじゃな」
「承知いたしました。なんとしてもやってのけましょう」
「帝国は強大だ。はっきりと言えばまともに戦って勝ち目はない。苦難しかないぞ?」
「何、いざとなったら父上の首を差し出します。それで時間を稼いで帝国内部でもなんとかわたって見せますよ」
「抜かしよるわ」
俺と父上は多分生まれて初めてというくらいで互いに笑みを向け、大声で笑った。
こうして、王太子シグルドが立った。レンオアム公爵が事実上の後ろ盾ではあるが、外戚にしたら国を乗っ取られる。
距離感が大事だ。といっても、俺はこれから最大の後ろ盾を得ることになる。あの時の俺はそのことを知る由もなかったのだ。
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