32話 世界樹へ
フェイ自身もレベルアップしていたようだ。いつの間にかではあるが、ときどき出かけて帰ってこない日もあったので、こっそり修業でもしていたんだろうか?
「主様にお子が生まれるとなれば、わたしも強くならねばと思い……」
「いつから気づいていた?」
ナージャのカミングアウトから生まれるまで一晩だった。ということは、事前に計画でもしていたんだろうなあ。
「ほら、一応わたしドラゴンですし」
返答になっているんだかなってないんだかわからないが、何となく納得した。
丸一日ほど飛んでいるのだが、先に見える世界樹の大きさはまるっきり変わらない。どんだけ距離があるのやら……。
「おいしー!」
ナージャとエイルは魔法袋から引っ張り出したパンにかじりついている。
魔法袋はシグルド殿下から借り受けた装備品の一つで、所持者の魔力量に応じた容量を持つらしい。この中で一番の魔力をもつのはナージャだ。
彼女が袋を持つと、袋の口が光った。その瞬間を目の当たりにしたシグルド殿下は若干うつろな目をしてつぶやいた。「あれで一軍の物資を賄えるな……」
袋が光るのは、袋自体の持つ最大容量ということらしい。とりあえずひと月分の食料と水に野営道具とかを放り込んだ。
フェイの毛はもふもふふわふわで、暑いときは涼しく、寒いときは暖かい。温度を一定に保つ効果があるという。
寝るときにナージャとエイルが左右から抱き着いてくると、とても幸せな気分だった。
翌朝、一晩中飛んでいたフェイを休ませるために街道を歩くことにした。昨晩で稼いだ距離は、熟練した旅人がひと月歩きとおしたほどの旅程である、らしい。
「では、休ませていただきます」
フェイは俺の頭の上でクルっと丸くなると寝息を立て始めた。
エイルが俺の身体をよじ登り、首にしがみつきながらフェイを撫でている。
「おつかれさまー」
ナージャが幸せそうな笑みを浮かべているということは、エイルの表情もそんな感じなんだろう。
世界樹に向かって歩を進める。うっそうとした森の中で、周囲には人の気配はない。
「いいか、エイル。地面の硬さに合わせて足に込める魔力を調整するんだ」
「ほえ?」
「こういうことだ」
10の魔力を込めて踏み込むと地面がえぐれた。そこで、5の魔力で同じことをすると、垂直に飛び上がることができた。
「ほほー。わかりやすい!」
魔力を放出して推力にする。やっていることはこういうことだ。そこで力を込めすぎると地面が破壊されてしまい、無駄打ちになる。
ナージャは微笑まし気に親子の交流を見守っていた。
こうして、魔力カタパルトを使って移動を開始する。たまに出てくる魔物も、こちらの魔力量を見て即座に逃走を図った。
逃げる相手を追って倒すほど余裕があるわけでもない。まれに向かってくる相手だけを倒して先を急ぐ。相手の力量もわからずに向かってくる程度ではどうせこの先長くはないだろう。
こうして昼は自前の足で、夜はフェイに乗って進むこと10日目。森の雰囲気が変わったことを感じた。
「これは……」
「んー、木そのものが魔力を帯びてるね」
「だな」
「主様、方向感覚を狂わせる呪いが薄らとかかっています」
「そうとう繊細な魔力感知ができないと、いつの間にか迷わされるわけか……」
濃密に放たれる魔力に隠されるように呪詛が混じる。それだけを感じ取り抵抗するか解呪しなければぐるぐると延々同じ場所を歩かされ、いずれ力尽きるだろう。
そして漂う魔力にはもう一つ厄介な敵を生み出す。
俺は手に魔力を込めて、いきなり枝を伸ばしてきた樹木を叩き切った。
「トレントが混じっているのねえ……」
魔物と動物の違いは魔石を体内に宿しているかだ。通常は魔力感知である程度不意打ちを回避できるが、場の魔力にかき消され、トレントのように擬態に長けた魔物は感知が難しい。
魔力感知を長時間行えば、疲労が蓄積されていく。
「なかなかに嫌らしい場所だ」
頭上から襲い掛かってきたヒョウの魔物をフェイが爪で真っ二つにする。
「わたしがいる限り主様には爪先一つも届かぬと知れ!」
いやさっきトレントのつる、俺素手で弾き返したよね?
「……爪じゃないので」
まあいいか。
ふと見ると、ナージャが風魔法ですぱすぱとトレントだけを狙い撃ちにしている。
「龍の眼使えばすぐわかるよ」
「なるほど」
封印が解けたナージャの戦闘能力は大幅に上昇していた。龍の身体能力も無意識にセーブしていたらしい。たまに無意識で解放していた節もあるようだが。その時って大抵俺がやばい目に遭っているときなので、愛の力でいいと思う。
普通というか、かなり腕利きの冒険者でも命を落とすであろう魔境を、平地を行くように進んでいく。方角は北、枝葉が生い茂って見えないが、天を覆わんばかりに広がる世界樹の息吹を感じられるようになっている。
あの巨大な樹を一つの生物としてとらえるならば、この森はその眷属ということなのだろう。深く広く根を張り、その恩恵で広大な森と、無数の生命を養う。
大地を巡る魔力の流れである地脈を支配し、魔力の噴出口である龍脈を押さえた一本の木が、この広大な地の支配者であるようだった。
などと襲い来るトレントを両断し、肉食獣の姿をした魔物を叩き伏せる。そういえばと様子を見ると、エイルはフェイの背中の上でお眠だった。
さらにしばらく進むと、森の切れ目が見えてくる。世界樹の森の外縁部を抜けたのだろう。そして、広がる平野には多くの天幕が張られ、炊煙が上がっていた。
「えっと、これって……?」
ナージャが疑問の声を上げる。
「シグルド殿下が言ってた、エルフ討伐の軍だろうね」
陣営の先には、森の奥へと続く道があった。獣道を更に踏み固めて作られた程度の幅しかない。そして、その道を塞ぐかのようにバリケードが設置されている。
息を潜めて様子を見ていると、唐突に飛んできた火球が炸裂し、バリケードの一部を吹き飛ばした。
「エルフの襲撃だ!」
陣営はにわかに騒がしくなる。食事を摂っていた兵が武器を手に立ち上がりかけたときに、飛んできた矢に貫かれ倒れて行った。
俺は状況を測りかね、しばらく様子見をすることにした。
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