51話 手がかり
すっと俺の前に紙が差し出される。ずらっと並んでいた文字を読んでいくと……それは報告書だった。
そこに書かれていた二人の冒険者の名前。「ジュリアン」と「レナ」。俺の両親の名前だった。
「これは!?」
「ええ、北の森で消息を絶った冒険者夫婦の調査資料ね。彼らは腕利きだった。神速のジュリアンと無尽の賢者レナ」
「へ!? そうだったの?」
「えーっと、まあ、身内にもペラペラしゃべらないわよねえ」
「それで!?」
「遺留品が一切ないの。遺体が見つからないことも、よくあるのは……わかるわよね?」
「というか、俺、両親が死んだときの記憶がおぼろげで、そのときには爺ちゃんもいなかったし」
「たぶん、村の人が気を使ったのね。冒険者の行方不明ってよくある話なんだけど」
というあたりでチコさんの表情がギュッとゆがむ。この人は受付嬢だ。この人が手続したクエストで未帰還の冒険者が出ることだってあるだろう。
「それでね、そういう行方不明者の足取りをたどると……」
それで理解した。例のダンジョンのある場所の近辺に集中するのだろう。
「森の調査に行く冒険者が多いなって思ってはいたんだ」
「ええ、なぜか今回、奇跡的に冒険者が帰還した。それこそ何かの封印でも解かれたかのように、ね」
何かの因縁を感じさせる話だ。それは俺には無関係なのかもしれない。ただ、全てが一本の線でつながっているようにも感じられた。
「アレク、お父さんとお母さんにエイルの顔を見せてあげようよ」
「おじーちゃんとおばーちゃんに会うのー!」
「おぬしは力が強いがどことなく頼りないからな。我の英知が役立つときが来よう」
とりあえず涙をこらえるので必死だった。
「そういえばですけど、ダンジョンに迷い込んで何年もたってますよね? なんで生きてるって前提なの?」
「んー、ダンジョンだから?」
「アレクよ。ダンジョンは人知の及ばぬ場所だ。時の流れがよどんでいる場所など珍しくない」
「いやそれって……」
「なに、我らは龍故な。封じられている人間を救い出すこともできよう」
「……死体に御対面とかもあり得るわけですが」
「その時はその時じゃ。弔ってやればよいであろう。家族を失う痛みはよく知っている」
そう言って瞑目する。感情が抜け落ちたような表情。それは、感情を出すとまた暴走するかもしれない恐れからか、それとも別のものなのかは計り知れない。
だから俺は間違えず、大事な家族を守り抜こうと改めて誓った。ナージャがキュッと俺の手を握る。その暖かさがとても嬉しかった。
「っかーーーーー! 見せつけてくれるんじゃありませんよ!」
チコさんがキレた。ぷんすかと擬音が付きそうな表情だ。
それで何となくしんみりしていた空気が吹っ飛んだ。
「んじゃ、行きますか」
「アレクのいくところがわたしの居場所」
「ぱぱー」
「安心しろ、娘と孫は我がこの身に替えても護る」
「え、俺は?」
「我が出張る時点でお主はくたばっておる前提じゃ。そもそも我より強い相手をなぜ護らねばいかん」
ふんぞり返って宣言するニーズヘッグに思わず吹き出す。
「縁起でもないこと言わないでくださいよ、お義父さん」
「ふん、なればせいぜい家族にいいところを見せるんじゃな、バカ息子よ」
その家族にはあなたも入っていますよ、と告げるべきだろうか。けどそれは無粋に感じられた。紅玉のような瞳に映る暖かさを感じ取っていたから。
チコさんの案内に従って森を歩く。というか幾多の冒険者が進んだこの道は踏み固められ、草も払われてかなり歩きやすい状態だ。
エイルはドラゴン状態で、俺の肩の上でびよーんと伸びている。少しお眠のようだ。
「うん、いい仕事してくれてますねー。彼らの報酬の査定に色を付けましょう」
道を切り開く仕事をしてもらっていたようだ。一定の距離ごとに十人ほどが座って休むことができるスペースがある。
水場も近くにあるようで、これ、このまま街道としても通用するんじゃないか、などと考えていた。
「んー、馬車が通れる幅まで広げて、そのうえで歩道ですね。二台すれ違って余裕があるだけの道は場にしないとですし」
「チコさん、俺、声に出てました?」
「んー? なんとなくです。アレクさんはなんだかんだで領主とか向いてそうですよね」
「へ? まさか、無理ですよ。学もないし」
「けど魔法で土木工事とかできそうですよね」
「……その発想はなかった。それと領主はかみ合わない気がしますけど」
「住んでる人のことを考えていろいろやってくれそうなのです。ここに街道ができれば、帝国との交易も盛んになりそうですしね」
「人の往来って大事ですよね」
「それがわかってるだけでも大したものなのです」
俺が褒められている姿を見てナージャはにこにこしている。ニーズヘッグは周囲にオーラを発散して魔物除けをしてくれていた。
といっても、伝説クラスの魔獣でも出て来ないと、危険を感じることもなさそうだけど。
雑談をかわしながら歩いて行くと、足元の感触が変わってきた。石畳が敷き詰められている。それに伴い、道幅が広がり、石柱のオブジェなどが立っているところもあった。
「このオブジェ、一定の距離ごとに立ってるんですよ。道しるべですかね」
すでにダンジョンに続く遺跡の中にいるようだ。というか、すでにここは異界と化している。
歩き続けて日が傾きつつあるころ合いで、最後の休憩スペースについた。そこは更に広く切り開かれているというか、昔からあったスペースに見える。
そして、広場の中心には建物があり、地下へと続く階段がぽっかりと口を開けるように続いているのだった。
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