50話 成り行き任せのダンジョンアタック

 翌朝、窓の外からの派手な音で目が覚めた。エイルはお爺ちゃんと遊んでいるらしい。いつぞやの「鬼ごっこ」をするように伝えておいたから、さぞかし楽しい時間を過ごしていることだろう。




「うきゃーーーーー!」


 お、あれは縮地か。1歳で覚えるとかさすがうちの娘だ。


「うぎゃああああああああああ!?」


 横っ飛びでかわすがぎりぎりだった。顔が引きつりまくっている。うん、楽しそうで何よりだ。


「むう、おじーちゃん、すばやい」


 再び飛びつくが、避けられた……と思ったら、着地の瞬間に再び縮地を発動したようで、直角に曲がって追いかける。


「なんじゃこりゃあああああああ」


「えい!」


 あ、パンチがヒットした。ガシッと何か硬いものを叩くような音がした後、ずざーーーーっと滑るような音がして、最後にたぶん木の幹に叩きつけられたっぽい感じだ。


 ガッツリダメージを受けてぴくぴくしている。


「エイル―、おじいちゃんちょっとケガしちゃったから治してあげなさーい」


「はーーーい。うにゅにゅにゅにゅにゅ……りざれくしょーん!」


 ちなみに、高位の神官が使うリザレクションは、だいたい30秒くらいの詠唱がある。ほぼ即座に発動しているのは、龍言語による詠唱の圧縮のためだ。


「うごおおおおおおおお……」


 ってあれ、消滅しかかってるじゃないか。っと、魔法が発動して持ち直したか。さすが最古の龍王のひとりだ。しぶとい。




「あ、ぱぱー。おはよーなのです」


「おう、エイル、おはようさん」


「ぱぱとままとおじーちゃんとでお出かけするのです!」


「へえ、どこに行くんだい?」


「だんじょんって言ってたー」


「ほう?」


 ふとお義父さんの方を見ると音の出ていない口笛を吹きながら横を向いている。とりあえず、ガシッと顔を掴むとこちらを向かせる。


「どういうことですかねえ?」


「いや、お主ダンジョン行かないって言ったじゃないか。けど、儂ちょっと行ってみたいし」


「それでエイルとナージャを巻き込んだと?」


「そもそも、お主を害せるものなどこの世におらんじゃろ?」


 そういう問題じゃねえ。ってあたりで違和感を感じた。


「ふんす! なんかいい筋肉の予感がするのです!」


 なんかお義父さんの背中に某受付嬢がへばりついていた。


「アレクさんみたいな突き抜けすぎてない、それでいて人外の筋肉。素晴らしいですわあああああ!」


 背後ではゴンザレスさんが呆然としている。それはそうだろう。彼女がへばりついているのは龍王の中でも最も悪名高い、復讐の権化たるニーズヘッグだ。


 彼が魔力を開放すれば人間なんかは即座に消し飛ばされる。しかし……。


「うぬ!? 離れんか!」


「うふふふふ、もーすこし、もーすこし嗅がせるのです。くんかくんか」


「ぬうううううん!」


 すごい勢いで体を回転させるがびくともしてねえ。


「ゴンザレスさん、あの人何者ですか?」


「ちょっと変わり者の受付嬢、のはずなんだが、なあ」




 ひとしきりお義父さんの首筋に顔をうずめて満足したのかチコさんはやたらつやつやしていた。


「む、わたしのもちもちのお肌を狙っているのですか?」


「や、それはない。嫁しか興味ないし」


「そうですか。かしこまりました」


 うん、なにも始まっていない会話がぶった切られた感がある。気を取り直して用件を聞いた。


「ダンジョンに行っていただけると聞きましてー」


「はい?」


「先ほどのおじ様、ニーズヘッグさんからですねー」


「おいまて、どういうことだ?」


「ふん、こうすればダンジョンに行くしかなかろう?」


「何がしたいんですかねえ!?」


「……ほら、わし力をかなり失ってるじゃろ?」


「そうなんですか?」


「あのときベフィモスにお情けで復活させてもらったがな。右眼の力はほぼない。しかも、一度討たれておるからな。実はドラゴンの姿にはなれんのだよ」


「なるほど……」


「それでじゃな、わしもお前らを守りたい。少なくとも足手まといにならんように力を取り戻したい、そう思ったのじゃ」


「お父様……」




「あー、ってことで、調査に入っていただく日程を決めさせていただいてよいですかねえ?」


 チコさんがバッサリとしんみりした空気を吹っ飛ばしてくれた。けど不快感はない。不思議な魅力があるひとだなと思った。




 ひとまず、準備を整える。いつぞやシグルド殿下から借りた装備はそのまま褒賞として、所有権はこっちにしてもらっていた。


 時間が止まる魔法袋に食料を詰め込んでいく。ゴンザレスさんが「俺も行くぞ!」と言ってくれたのだが、この村を守ってくださいということで、お断りした。


「いいものが見つかったらパーティの共有財産として供出しますよ」


「いや、そんな、おめえ、悪いって」


「まあ、その時にでも決めましょう、ね」


「むう、すまんなあ……」




 一応冒険者時代にはダンジョンに入ったこともある。荷物の運搬や周囲の索敵、キャンプの準備などが主な仕事だったけどね。


 なにがあるのかわからない。龍の力を封じられる可能性もある。


 だから、冒険者時代の初心に立ち返って準備は丹念に行った。成り行きとはいえ受けてしまったからには最善を尽くさないといけないし、かといって死ぬ気もない。




「あ、それで、入るメンバーですけど」


「はい」


「アレクさんと奥さんのナージャさん。あとエイルちゃんに、ニーズヘッグさん。となっておりますので」


 チコさんの言葉に俺の口はかくーんと開いたまま塞がらなかった。

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