28話 初めての……
名前を呼んだ瞬間、言霊に込められた魔力がパッと弾けて静かに消えた。
今まで混とんとしていた我が子の魔力が方向性を得て光り輝く。
「パパ……?」
「なんだい? エイル」
「わたし、エイル?」
「そうよ。あなたはエイル。わたしたちの娘」
そうして二人の間に挟んで抱きしめる。
なにこれ、すげーモフモフ。ものっそいモフモフ。ナージャを抱きしめたときとき同率首位の癒し効果があった。
とりあえず、村のみんなに紹介するために外に出る。
巡回をしていたゴンザレスさんに出会った。
「あ、おはようございます」
「おう、おはよう。んでよ、アレク。そのちっこいのは?」
「娘です」
ゴンザレスさんのあごがカクーンと落ちた。もふもふの子犬とかに見えなくもない。けど、この子はドラゴンだ。龍とは言えないまでも並外れた力がある。
「お、おう。名前はなんていうんだ?」
「エイル、です」
その名前を聞いたとき、ゴンザレスさんのひげ面がものすごい勢いでゆがんだ。
「ふおおおおおおおおおおお!」
呼んだ? とばかりにエイルが目を開き、ゴンザレスさんの方を向いてくいっと首を傾げた。
うん、ひげの隙間から見える肌が真っ赤になっている。どんだけ萌えているんだろう。
「……すまん、我を忘れた」
「うちの娘ですから!」
ナージャがフンスと胸を張る。もきゅっと首をかしげるエイル。お父さんもダメになりそうだよ……。
「ふわあああああああああああああああ!!! かわいいいいいいいいいいい!!!!」
うん、さっそくヒルダ嬢が陥落した。後ろにいるシグルド殿下も目元が緩んでいる。ほほまで緩めないのはたぶん王太子としての矜持だろうか。
「んで、この子も連れて旅に出るというのか?」
みんなが落ち着いたあたりで、ゴンザレスさんが聞いてくる。
「ええ、なんだかんだでこの子もドラゴン族ですからね」
「だが、このような幼い子供を危険にさらすのは……」
というあたりで、くるっとエイルが宙返りした。直後にもふもふから、黒髪の幼女に変身する。
「「「「ふおおおおおおおおおおお!」」」」
うん、なんかシグルド殿下も叫んでるね。我が娘ながら先が心配ですよパパは。とりあえず、近寄る虫はプチッとつぶさないとね。
「アレク、駄々洩れになってる」
「お、おっと、いかん」
とりあえず、漏れていた殺気とか魔力を引き締める。シグルド殿下は完全武装で、前にシリウス卿が槍をもって仁王立ちしていた。顔面は蒼白だ。
「えっと……いくら私が戦闘狂でも、あれはひどいと思うんです。一合どころか、即八つ裂きにされる未来しか見えないんですが」
「はっはっは、よくわかってるじゃないか」
シグルド殿下はも顔色がよくない。きっちりヒルダ嬢を後ろに隠しているあたりはプラス要素だろう。
「シグルド……ぽっ」
自分で「ぽっ」とか言ってるよ。おいおい……。
「とりあえずだ、うちも負けずにもっとかわいい子供をだな」
「はい、そうですわね、ってまだ明るいですわよ!」
暗くなったらいいんかいこのバカップルがと、無言のツッコミが突き刺さった。
村の青年や、冒険者の皆さんからは、無言で爆ぜろとか爆発しろとの目線が突き刺さる。だが、さすが一国の王太子。その程度では面の皮は微動だにしない。鉄面皮の装甲ではじき返されていた。
「その子はどの程度の力があるんだ?」
シグルド殿下の疑問はもっともだった。
とりあえず、訓練場に向かう。ナージャがエイルに力の使い方を説明していた。
「そうね、まずはぐぬぬってちからを溜めるの」
「ぐぬぬー」
「それをえいやって目の前に展開してね」
「えいやー!」
「で、うりゃーって発射!」
「うりゃー!」
なんだこのほのぼの会話。和むじゃないか。
というか、こんな擬音でしか説明されてない状態でいったいどうしろというんだろうか。
「まずは、そこの案山子に攻撃してもらおうか」
「わかりましたー、じゃあエイル。さっき教えた通りにやるのよ?」
「はーい、ままー」
なんだろう。戦闘能力を図るはずなのに、新しいお遊戯を覚えた子供のお披露目にしか見えない。けど、魔力量とかはすでに人外のレベルで、これを操れれば、高ランク冒険者でも普通に勝てるはずだ。
「んんんんんーーーーー」
顔をしかめて力を入れている。周囲の目線はとても暖かい。はじめてのお使いを見守る村人のようだ。
しかし高まっていく魔力はほのぼのどころじゃない。
「ちょっと! ナージャ、これまずい。防御結界を!」
「あれ? あ、これまずいやつだ!? えっと……」
「あーもー間に合わん! 来たれ黒き龍鱗よ! オブシディアンスケイル!」
ニーズヘッグの鱗を再現する盾魔法で、ぐるっとエイル自身も含めて覆う。
「んーんーんー……てやっ!」
気の抜ける気合と共に、高密度の魔力を束ねたブレスが放たれた。
キュドッ! とこもった爆発音とともに派手に反動が来ると思ったが、揺り返しは来なかった。
ただ、盛り土の上に設置した案山子は消滅し、その背後の土手も消し飛んでいたのだ。
「すごいわー! エイルちゃん、お上手ねえ!」
ナージャはすかさず娘を抱きしめる。そして当のエイルは……。
「きゅぅ……」
ありったけの魔力を集約してたたきつけるという離れ業を演じ、魔力欠乏で気絶していた。
あまりの光景に、ナージャ以外は茫然とするのだった。
「龍に手を出すなと言われるゆえんを感じた……あれはいかん」
「ですわ、ねえ。けどかわいい……」
「息子ができたら、婚約者としよう
「それがいいですわね」
というあたりで、凍てつくような殺気が駄々洩れになっている。
「……コロスヨ?」
無表情で笑うという器用な真似をした俺は、取りえず勝手なことを抜かす連中に向けて全力で殺意を向けるのだった。
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