27話 贈り物

 そしてハタと気づいた。なんでしゃべってるのこの子?


「あはは、賢いですねー。さすがわたしたちの赤ちゃんです!」


「まま、ありがとー」


 俺の手の上からパタパタと羽ばたいてナージャの胸元にダイブした我が子。くっ、今はお前に貸しておいてやるが、いずれ取り返す!


 などと謎の決意を固めていると、ナージャと我が子がぼそぼそと話している。




「こうやってね、ぎゅーんって魔力を胸のところに意識するのね」


「……こう、かな?」


「そうそう、お上手! これからが楽しみだわ!」




 子ドラゴンの体内の魔力が一定の方向にそろう。そして、集中された魔力がぱっと解放され、一瞬輝くと……そこには3歳くらいの女の子がナージャの腕の中に抱きかかえられていた。


「……うん、今更だけど、龍っていろいろ規格外だね」


 脳内ではお義父さんがすごい勢いで絶叫していた。内容は割愛するけど一言で言うならジジバカ、だろうか?




「アレク、聞いて」


「……なにかな?」


「わたしが龍の力を封じていたのは、この子を育てるため」


「うん。そういうことだったのか」


「ごめんね。言うとアレクは心配するでしょ?」


「当り前じゃないか。最愛の奥さんだよ?」


 この一言にナージャの表情が緩む。


「にへえ……奥さん……にゅふ、にゅふふふふふふふふふふ……はっ!」


 トリップ状態からの復帰が速くなった。これが母の自覚か!


「えっとね、まず、この子は龍だけど、見た目通りの力しかないの」


「なるほど。けどこの子の身体は、いわゆる宝の山だな」


「悲しいけれどね。そういう目で見る人の方が多いと思う」


 しゅんとなるナージャ。胸元には子供がしがみ付いている。


「うん、俺たちで守ろう。この子が一人で生きていけるまで」


「うん、そう言ってくれるって思った。よろしくね、お父さん」


 お父さんと言う言葉に胸がじんわりと暖かくなる。


 娘よ。パパ頑張っちゃうぞー! と決意した瞬間様々なことが頭をよぎった。




「パパ、わたしね、好きな人ができたの」「パパ、紹介したい人が、いるの。会って、くれる?」今まで育ててくれてありがとうございました。わたし、幸せになるね!」


 なんだろう、この怒りと悲しみは。まだ見ぬ娘婿に対しての殺意が膨れ上がる。


「娘は誰にもやらんぞオオオオオオ!!」


 唐突に叫び出した俺をナージャがジト目で見てくる。娘はびっくりした表情を浮かべていた。


「アレク……この子が幸せになれなくてもいいんだ」


「ちがう、そうじゃない! けど、いつか巣立っていくと思うと寂しくて……」


(うむ、息子よ。我の気持ちを理解したか! 我はもはや肉体を持たぬ身ゆえ、孫の幸せは貴様に託す!)


「お義父さん!」


 ふーっと、ちょっと深い目のため息を吐くが、ナージャの表情は優しい。


「お父様にも抱っこさせてあげたかった、ね」


「ああ……あのいかめしい顔がにへっと崩れるところを見たかったな」


「へ? アレク、お父様を見たことあるの?」


「あ、ああ。子供のとき、契約した時にかな。きりっとしたかっこいいおっさんだった」


「そう、そうなのね。わたし、絵姿の龍の姿しか知らなくて」


「そっか。爺ちゃんを連れ戻したらさ、一緒にお義父さんの話を聞こう」


「うん、そうだね。楽しみ!」


 ナージャの泣き笑いに、ぎゅっと抱きしめる。もちろん子供がいることを計算してやんわりとだ。


 娘は天使のような寝顔で眠っていた。卵の殻を突き破るのに疲れ果てたんだろう。


 そもそも、この卵の殻、龍の鱗に近い強度があるそうだ。成形して盾を作ったらすごい値段が付きそうだ。


 殻はいつか使う時が来ると考えて、しまい込んでおくことにした。




 ナージャは優しい手つきで子供をベッドに寝かせる。すると、ポムッと音がして、龍の姿に戻っていた。ひょいっとフェイがやってきて横で眠る。


 色合いが白と黒であることを除けば、兄弟のようによく似ていた。




「あ、そういえば。今更なんだけど」


「うん?」


「名前、どうしようか?」


「あ、そうだよな。実際に生まれるのってもう少し先だと思ってたからなあ」


「あー、人間にしてみたらそうなるよね。何かいい名前はあるかな……?」


 いくつか候補はあった。祖父の所業は様々な不幸が重なった結果だ。そうであっても、この子の血筋は様々な思惑が絡むだろう。たとえ人の血が入ったとしても、だ。


 そして、龍の名づけはその性質すら変えるほどの意味をもつ。ただの黒い龍と呼ばれていた義父が、「ニーズヘッグ」すなわち、怒りに満ちた者、憎悪に支配された者などと言った意味の名をつけ、力は増したが怒りにその心を支配されたように。




「ナージャ、この子にどんな生を望むんだい?」


「できる限り幸せであってほしいね。けど、どうしたらいいんだろう?」


「うん、俺はね、相手と言うのは自分を映す鏡だと思ってる」


「どういうこと?」


「たとえば、誰かに冷たい態度をとったら、その相手からはどういう態度を取られる?」


「……冷たい態度になると思う」


「にこやかに、好意的に接したら?」


「……そういうことね」


「ああ、もちろんそれは対等な間柄によってもたらされるけどね。俺とナージャは対等じゃないか」


「わたしがアレクの事を大好きだから、アレクはわたしのことが好き?」


「間違ってないけど、ちょっと違う。たぶん俺はナージャに嫌われても君のことが好きだな」


「そんなことはあり得ないよ。だってわたしアレクを大好きすぎて、いつもなんか胸がポカポカしてるから」


 そういうナージャの表情は、なんというか、すごく可愛い。


「あはは、一緒だな。俺もさ、ナージャの事を考えると、すごく幸せな気持ちになるんだ。胸がポカポカってそういうことじゃないかな?」


「うん、そうだね……それで、何て名前があるの?」


「ああ、「エイル」はどうかな? 「慈悲」って意味がある」


「慈しむ……みんなに幸せな気持ちを持ってもらえば、この子も幸せになれるんだね?」


「ああ、少なくとも俺はそう思う」


 俺たちは眠る娘に向けて、呼びかけた。


「可愛い俺の娘。エイル。君は今からエイルだ」


「エイル。可愛いわたしの娘。この名前をあなたにあげる。どうか幸せがあなたにありますように……」


 窓から入った日差しがポカポカとフェイとエイルに降り注いだ。春はもう近くまで来ていた。

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