75話 二人の龍王

 すごい勢いで景色が後ろに流れる。というか、音が背中から迫ってくる感じだ。


「ヒイイイイハアアアアアアアアアアアア!!」


 フェイは絶好調だ。


「パパ、フェイ頑張ってるね」


「ああ、そうだな」


「わたしもフェイにごほうびあげていい?」


「ん、いいよ」


 その時、脳裏にフェイの悲鳴が聞こえた気がした。そんなわけはないか。だってエイルからご褒美がもらえるとかなんて羨ましい。


「うにゅるにゅるるにょにょにょにょ……へみゃ! ストレングス! からのお……アジル!」


 エイルがかけたのは強化魔法だ。力と敏捷性を向上させる。


「あ、これも! うにょるるるる……りげいん!」


 体力を回復する魔法だ。なんかフェイの目元からキラキラしたものが風に流されて飛び散った。うん、感動の涙だな。




「アレク殿、フェイ殿は大丈夫なのでしょうか?」


「死にさえしなきゃエイルがいるからね」


「そ、それは……」


「ん?」


 俺が笑顔で振り返ると、ミズチはふっと目をそらす。


 先ほどに数倍する速度で景色が流れ去り、それに伴って凄まじい風圧がかかる。俺はその風圧を切り裂くべく、龍の鱗の障壁を切っ先のように展開する。


「んー、んじゃわたしも……」


 ナージャが魔力を溜め始めた。


「集え、風浪の牙、我が指先より発して敵を貫け! 今振るうは無影の刃、来たれ風の聖剣よ! エクスカリバー!」


 風が逆巻き、ナージャの指先で小さな渦を巻く。渦巻は中心に真空を作り出し、ナージャ呪文の完成と同時にその指を縦に振るう。まるで大剣で唐竹割りに切りつけるように。


 無音の斬撃は前方の空気を切り裂き、真空の断層を作る。


 フェイはその中を一気に突っ切っていった。遮るものがなくなったことでさらに加速して……若干目的地を通り過ぎた。




「きゅう……」


 フェイがへたり込んでいる。


「だいじょうぶ?」


 エイルがフェイの毛並みをモフモフとしていた。


「主様……」


「大丈夫か?」


「私はもうだめです……」


 そう言い残すとフェイはポムッと子犬サイズに小さくなって、俺の頭の上で丸くなった。


「アレク……可愛い」


 ナージャがいつも通り顔の下半分を覆ってプルプルしている。


 そして同様にぐったりしていたのがミズチだった。


「あなた方はおかしい……」


 どういう意味だろうか?


「どんだけ魔力容量があるんですか!」


「さあ? はかったことないな?」


「同じく」


「なにそれー?」


 俺たちの返答にミズチはがっくりと沈んだ。




 街道のそばの宿場にたどり着く。今日はここで休息をとる予定だ。


「そういえばアレク殿。一つお聞きしたいのですが?」


「ん? どうした?」


「なぜに魔力をそのまま垂れ流してイラッシャルノデ?」


「はっはっは、そりゃ決まってるじゃないか」


「それはいかなる理由で?」


「向こうからきてもらうためだよ」


 ミズチの口から音のない悲鳴が漏れる。


 今の疲労しきっているミズチは置いといて、俺の力はどうもここら辺の龍王より強いようだ。となれば……俺の力を感知したどっちかの陣営から接触があるだろう。そう考えていた。




 そして……俺のところに二人のドラゴンがいた。それもダブルノックアウトした状態で。


「何やってんだコイツら……」


「アレク殿に接触しようとして同時にお互いに気付いた結果、でしょうな」


「本当に互角なんだな」


「ええ、眷属の中でも上位の者たちではありますが……アレク殿とは大人と子供の差ですらない」


「まあ、そこはいいや。エイル」


「あーい。にゅるる、マイナーヒール!」


 エイルの両手から温かい光が二人に降り注ぎ、クロスカウンターで気絶していた二人は同時に目覚めた。


 そこで俺の魔力を開放する。


「「ぬうっ!?」」


 立ちすくんでくれたか。


「さて、頼みたいことがある」


「「な、なんだ?」」


 セリフまでハモるとか、こいつらもしかして?


「左様、双子でそれぞれの龍に仕えたわけですな」


「眷属は主の力に影響を受ける。この二人がこれほどまでに互角なら……」


「ええ、応龍が力をつけたということ。されど疑問があります」


「その力をどこから持ってきたのか」


 まずは黄龍に会いに行こうか。


「ミズチ、黄龍殿の配下はどちらかな?」


「こちらです」


 よく見分けがつくな。


「じゃあ、黄龍殿のもとに案内していただきたい。うちの娘に用があったんだろう?」


 俺の後ろからエイルがぴょこっと顔を出して、そのまま引っ込んだ。


 なにこの子かわいい。エイルを目の当たりにした双子の龍も顔を赤くしている。


「とりあえず……」


 ナージャが何やら複雑な術式を構築して二人に魔法をかけた。


「これで攻撃ができなくなったから。めんどくさいから二人とも連れて行くけど、ケンカはメッだよ?」


 ポーッとした顔でこくこくと頷いている。おい、それ俺の嫁だからな?




 一晩眠って復活したフェイが案内役をくいっとくわえた。


「うひいいいいいい!?」


「んじゃ、行こうか」


 こうして俺たちは黄龍のもとへと向かうのだった。


 ちなみに、もう片割れの方はナージャが簀巻きにしてフェイのしっぽに括り付けている。


 大まかな方向を指してもらうと、俺はそちらに魔力の触手を伸ばす。ああ、いた。大きく傷ついた龍の力を感知する。


「っておい、どんな無茶やったんだ!?」


「どんな状態?」


「心臓に魔力のくさびを打ち込んでる。相打ちってことは相手にも同じことをしたわけだよな……」


 改めて一刻を争う事態であることが判明し、エイルに耳打ちしてフェイを強化した。


 再びすさまじい勢いで景色が流れる中、間に合えばいいがとわずかな焦燥が胸に湧き上がってきた。

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