76話 戦いの理由

「くっ、お前が邪魔をしなければ……」


「ふん、お互い様だろうが」


「「ふざけるな!」」


「はいはーい、静かにしてね。うちの子が寝てるんだから」


 とりあえず口喧嘩を始めた二人をナージャが止める。すやすや眠るエイルは実に可愛い。


「くっ、ふざけるな!」


 口調は威勢がいいが、小声になっているあたり何とも素直である。


 ナージャの指先に込められた魔力を感じ取ったんだろうが。


「うゆ……」


 ナージャの腕に抱かれて眠るエイル。その寝顔を笑みを浮かべて眺めるナージャ。


「うみょみゅるるるるにょにゅ……」


 ん? なんか妙な寝言だ。


「ちょ、エイル、起きなさい!」


「へみゃ!」


 ナージャがエイルを抱き上げると、顔を空中に向けた。直後キュドっと鈍い音が響き、ブレスが虚空を貫く。


 放たれたブレスは雲を霧散させ、余波がびりびりと大気を震わせる。というか、あの衝撃に小動もしないフェイは成長したなと思った。


「主様。何をどうしたらあのブレスで反動が来ないんでしょうね」


「ま、エイルだからなあ」


 いろんな意味で、一番常識はずれなのはエイルかもしれない。




 その光景を見た二人の龍は顔色が気の毒なくらい真っ白だった。


「え、えーと……そのお子様は」


「うん、うちの娘のエイルだ。駆け出し龍王だな」


「「ヒぃ!?」」


 何を驚いているのだろうか。


「まことに相済みませぬ! ほら、お前も頭を下げるんだ、辰」


「申し訳ございません! 蜃の首で良ければ差し出します故、お許しを」


 うん、実に仲がいい、のか?


「ま、いいんだけどさ。事情を聞かせてもらえるかな?」




 そうして辰、黄龍の眷属であり、最もそば近くに仕える龍人だという。が語るところによると、応龍の反乱は、実に突然だったという。


「龍の王たるを果たせぬならば我が取って代わろう!」


 そう宣言して、配下の眷属を率いて王都たる洛に迫った。その数は十万とも二十万ともいわれる。


「儂が王たるに能わぬと言うなればその力を持って示すがよい!」


 そして黄龍も真っ向から向かい合った。その眷属は応龍に倍するものだったという。




「眷属同士をぶつけても互いに無駄な犠牲が増えよう。一騎打ちを所望する!」


 応龍の申し出はそれこそ正気の沙汰ではなかった。しかし、黄龍の眷属のなかで、もっとも龍王に近いと言われる赤龍が一撃で叩き伏せられた姿を見て、黄龍は自ら出撃した。




「応龍よ、何がそなたを駆り立てているかは知らぬ。儂が言うべきことは一つ。その力を示せ」


「是非はもうすでに諮るところにあらず。今は唯武を振るうのみ」




 その戦いは十日にも及んだという。応龍の激しい攻撃を黄龍はいなし、黄龍の一撃を応龍が防ぐ。


 地は震え、大気はわななき、雷鳴が響いた。それはこの世の終わりを思わせる光景であった。


 そして永遠にも感じられる戦いは、半日のにらみ合いの末、同時に動いた両者が相打ちとなる形で終わりを迎えた。


 互いに片目を傷つけ、そして心臓をえぐりあった。両名は倒れ伏し、お互いの眷属が停戦を約して一時的に戦いは終わった。


 しかし、国は真っ二つに割れ、互いの眷属が睨み合い、小競り合いを繰り返しているという。




「んで、傷をいやすには龍の治癒魔法が必要ってところか」


「その通りです。そして、黒き龍の血を引く龍の子がいると聞き及び、双方から中立のミズチを派したというわけです」


「んー、一応聞いておくけども、俺たちはどちらかに肩入れすることはしない。そのうえで、お前たちの望みは何だ?」


「応龍殿はおかしくなってしまった!」


 蜃が悲痛な叫びをあげる。


「どういうこと?」


「この国では龍は守護神だ。地を豊穣となし、乾いた地に雨を降らせる。ミズチは水をつかさどる。応龍は大地を守る。黄龍様は天と地を統べる。今かでそうやってこの地を守ってきたのだ」


「こっちも同じだよ。大地、風、水をつかさどる龍王を祭っているからね」


 その言葉に少し考え込んだ蜃は、改めて口を開いた。




「ある村があった。ある日、天変地異があってその村は滅んだ。その後応龍は考え込むことが増えたように思える」


「そうか、その村に何か思い入れがあったとか?」


「そこまではわからない。ただ、一つだけ疑問に思っていることがある」


「それは?」


「黄龍様はその村に怒る悲劇をあらかじめ察知していたように思えるのだ。そしてその村を救うことができたであろうことも」


「そうか……んー」




 というあたりで、ナージャが珍しくエイルを叱っていた。


「エイル、むやみやたらに呪文を唱えちゃだめよ」


「はう、ごめんなさい」


「なにがあったの?」


「怖い夢を見たの。お爺ちゃんが悲しくて苦しくて、暴れている夢」


「それは……」


「だからね、わたし、お爺ちゃんを止めようとしたの」


「そう、エイルは優しいね。けどお爺ちゃんはもう大丈夫だからね」


「うん!」




 俺には黄龍の行動の意味がなんとなく分かる気がした。けどそれは推測だ。


 だから俺は早く黄龍に会って話さないといけない。




 フェイは素晴らしい速度で空を駆けている。行く手には戦いの痕跡が残る平野と、半ば崩れた城壁が見える。


 その崩れた城壁に囲まれた都市が、黄龍の居城である、洛だった。

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