74話 いざ東へ

 翌朝、エイルは眠そうな目をこすっていた。

「むにゅ……うにゅ」

 そのままポムッと音を立ててドラゴンの姿になると、ナージャの腕の中ですやすやと眠っている。傷ついた亜人たちに回復魔法をかけ続けたため、疲れが残っているんだろう。

 

「アレク殿、今回は世話をかけた」

 レンオアム公爵が自ら見送りにやってきた。背後にはロレンスさんが控えている。

「いえいえ、ヒルダ嬢にはお世話になりましたので」

「うーむ、当家がいただいた恩の方が多い気がするがなあ」

「では、今回のこともふくめて、亜人たちの街を作ることを許していただいたことでチャラです」

「う、むむ。彼らの中には我らが持たぬ技術を持つ者がおる。それにこういっては何だが、住み分けができて共存が可能ならば我らとしてもありがたいことでもある」

 ゴブリン族の職人が持っていた技術の中に、過去に失われたものがあったそうだ。それは薬品の調合であったり、金属の加工技術だったりしていた。

 

「なに、我が責任をもって彼らを導くゆえにな」

「は、ははっ!」

 レンオアム公爵は黒龍王戦争の後に生まれたそうだ。子供の頃から、悪い子はニーズヘッグにさらわれると言われて育ったそうである。

 そのトラウマというか刷り込みで、ニーズヘッグを前にすると固まってしまうそうである。

「なに、我にも食べるものの好みはあるぞ。心配せんでも人なんぞ取って食ったりせぬわ」

 そういって豪快に笑う姿を、レンオアム公爵家の面々はやや顔色を悪くして見ていた。


「まあ、ヒルダから事情を聴いたときは恥ずかしながら気を失いかけましたが……」

「まあ、そのことはよかろう。それでじゃな……」

 ニーズヘッグとレンオアム公は相談を始めた。街を作るにも資材がいるし食料も必要になる。

 また、亜人たちと争わずに済む可能性はこの国を大きく変える可能性があった。

「もちろん王家も巻き込みます。というかですな、私の独断で進めてしまっては反乱でも起こそうとしているのかってなりますし、王家の耳や目をかいくぐるのは不可能ですからな」

「ま、俺がシグルド殿下に伝えますし」

「アレク殿の口添えがあればもっと話は円滑に進むでしょう。助かります」

「いえいえ、日ごろお世話になっておりますし」

「いえいえ……」

 お辞儀をしあって話が進まなくなったので、ナージャが俺の服の裾をつまんで引っ張ってきた。ちょっと頬が膨らんでいるのが可愛い。


「ふふふ、いやあ、うわさには聞いておりましたが、睦まじいですなあ。はっはっはっは」

 うん、かわいいの一言がいつも通り駄々洩れだったようだ。

「いやあ……」

 照れ隠しに頭をかいてごまかす。

「ふふ、私も城に戻りましたら妻に伝えてみましょう」

 

 こうして、レンオアムの近くに衛星都市ニーベルが建築されることになった。代表は龍族ファフニールとゴブリンのフィックに決まり、後日ファフニールがニーズヘッグのところに押しかけて卵を産むのは、また別のお話。


「ごめん、お待たせ」

「いえ、それほどは……」

「リンドブルムからの情報ではちょっとまずい状況らしい」

「左様、ですか」

「だけどまだ破局には至っていない。まだ間に合う、間に合わせるんだ」

「……はい!」

 うん、ミズチの目つきが変わった。俺は彼に応えるために最善を尽くす。

「主様、何を……え、またそれ、やるんですか? 勘弁してくださいよ。一生懸命飛びますから……にゃああああああああああああ!!」

 掌の上に魔力を集中させ球を作る。そしてフェイの口をこじ開け……捻じ込んだ。

「AOOOOOOOOON!!」

 フェイが吠えた。いつもの飛行形態サイズになってもらい、飛び乗ると、ナージャがエイルを抱えたまま俺の背中に飛びついてくる。

「うゆー……パパあったかい」

 エイルの寝言にナージャと二人顔を見合わせて笑う。これから向かう先は結構な修羅場だろう。

「ナージャ、東の国はいま戦争寸前だ。龍とその眷属が一触即発らしい」

「うん、リンドブルム様が教えてくれた。けどね」

「……うん」

「わたしはアレクと一緒にいるよ。だってアレクのそばがわたしの居場所だからね」

「ああ、俺の居場所もナージャの隣だ」

「うん、一緒だね。エイルもいるし」

「ああ、絶対に俺の家族には指一本触れさせん!」

「よろしくね、パパ」

 龍の力を得たけど、俺はそれを本当の意味で振るうことができないでいた。ウサギを狩るのにバリスタを持ち出すものはいないだろう。要するにそういうことだ。

「任せろ!」

 などと言っていると、フェイが飛び立とうとして、なんかミズチがいろんな意味で置き去りになっていた。

 慌ててフェイの体内に押し込んだ魔力を一時的にカットする。そうして正気に戻ったフェイを引き返させる。

「主様……」

 フェイの非難のまなざしが突き刺さる。

「……ブラッシングでいいか?」

「今回だけですよ?」

 俺は無言でフェイの耳の後ろをワシワシした。気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 そして再びフェイの体内にある魔力を開放していく……フェイは全身に風をまとい、素晴らしい速度で空を駆けた。

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