73話 東の情勢
「アレク殿、お伺いしたいことがあります」
「ん、俺に答えられることなら」
真剣な目つきでこちらに問いかけてくるので、茶化すこともできなかった。
「アレク殿は、なぜ王にならぬ?」
「え?」
「この国の王は弱体であり、貴方に国難を救われたと聞く。で、あるならば貴方が王になったとてそしる者は居りますまい?」
「んー、まあ、いないだろうね。なんか言ってくる者がいたとして、グラムを一振りして見せればいい」
「左様、そうすればこの国はより強き王を戴いて、更なる発展を遂げるに違いない!」
うん、何を言いたいんだろうか。まあ、普通の人なら、王様になってみたいと思うことはあるだろう。無限にも等しい権力、飢えることの無い財貨。
けど、俺が必要なものはそんなもんじゃない。龍王の力が無くても俺は同じ選択をする。これは間違いないんだ。
「んー、俺の望みはね。ナージャとエイルが幸せに暮らすことだ。うぬぼれてもいいなら、二人の幸せに俺が必要なんだろうと思う」
「ご家族を守るならばなおさらに、力を欲したりはしませぬか?」
「難しいよな」
俺のぽつりと漏らした一言にミズチは驚きの表情を浮かべた。
「……え?」
「力ってのはさ、多くても少なくてもいけない。多ければ守るべきものごと壊してしまう。少なかったら守れない」
「……そう、ですな」
「たぶん、今の俺の力はね、振るうには大きすぎるんだ」
「それは……」
「今回の騒動、軍勢が現れても呪文一つで片が付く。龍が現れたとしても、グラムを一振りで終わりだ」
ミズチは静かに俺の言葉を聞いている。ただ、何か思うところがあるのだろう。右手を振るえるほどに握りしめていた。
「俺が力を振るって、誰かを助けることはできる。けどね、それは同時に誰かを助けないことなんだろう」
「おっしゃることはわかります」
「そうかな? なにか思うところがあるのはわかるさ。あなたがはるばる俺のところに来た理由なのかもしれない。けどね、俺は結局目の前のことしか見ることはできないんだよ」
「……それは、何を指しておっしゃられているので?」
「そう、だな。国を導くとか、世界を救うだとかは俺の役目じゃない。人を幸せにするなんて大事、俺はナージャとエイルの二人で精いっぱいさ」
「そんなことはない! アレク殿は無尽ともいえる力を持っておられる」
「そうだね。だけどさ、俺は神様じゃない。俺ができることは、黄龍か応龍のどちらかを助けることじゃないかな?」
「……知っておられたのか?」
「応龍ってのはあなたの大事な人なんだろう?」
「そう、です。あやつはすべてを受け止めてしまった。あらゆる人の不幸も無常も」
「そして、主たる龍王に反旗を翻した?」
「そうです、私は主たる黄龍にも伴侶たる応龍にもつくことができなかった。応龍はもっとも黄龍に近い存在ゆえに、戦えばどちらかが倒れる」
「そして、相打ちにでもなったかい?」
「まさしく」
「明日早めに出よう。どうもあまり時間がなさそうだ」
「はっ、よろしくお頼み申す」
そしてミズチは自分の部屋に戻っていった。
(アレクー、どうだった?)
能天気なリンドブルムの声が脳裏に響く。
(ああ、難しいな。そっちの情勢は?)
(うん、お互いの眷属が真っ二つで睨み合ってるね。小競り合いも起きてる)
(たまたま近くにいてくれて助かったよ)
そう、世界を旅している三龍だが、これは巡り合わせかリンドブルムが東方にいたのだ。それで、念話で情報収集を頼んでいたのである。
(んふー。エイルちゃんなでなでの権利を要求します!)
ちなみに、エイルはリンドブルムに結構なついているので、問題ないといえばない。
(本人がいいって言ったらね。ちなみに、そっちで全面衝突とか、どっちかが死んだってなったらどうなる?)
(あー……たぶん間違いなくそっちにも影響は行くね。下手したら戦乱じゃないかな?)
東の国はとても大きな国で、国を治める王家は黄龍を守護者として祀っている。広大な国土には複数の龍がいて、黄龍の眷属となって各地を守護しているのだが……不心得ものが黄龍にとって代わろうとすることもあるそうだ。
そして、今回はもっとも力を持つ眷属たる応龍の反乱で、国は真っ二つに割れたという。
眷属や人を巻き込むことを恐れ、龍同士が戦ったが、お互い深手を負う相打ち。そしてお互いの主を守ろうと眷属たちが睨み合っていると。
「どうしたもんかねえ……」
俺のボヤキは虚空に消えた。龍王が抑えている国が暴発するとなると、どうしてもこちらの国への影響は避けられない。
そうすると俺たちの平穏な生活が脅かされるし、俺の近しい人が危険にさらされるだろう。
とりあえず、最大級の厄介ごとの予感に再びため息を吐くのだった。
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