追跡

「あっちなの!」

 エイルが指さす方が国は、かすかながら魔力の痕跡が感じられた。

「うゆ!」

 エイルがよくわからない呪文で、鳥に指示を与えると、細い糸のようにたなびく魔力に沿って飛び始めた。


「フェイ、とりあえずあれを追っかけて」

「承知いたしました!」


 バサッと翼をはためかせると、周囲の景色が背後に流れていく。本来なら吹き付けてくる風はフェイの結界に遮られ、俺たちには全く影響は来ない。


「ふわあああああああああああああああ!」

 上空から見る景色にノルンが歓声を上げる。はじめて旅に出たときのナージャと同じ表情を浮かべていた。


「ふふ、あの時を思い出すな」

「そうだねー。あの時は二人だけだったけど」

「はは、人数は増えたよな」

「んふー。可愛いの」

 むぎゅっとノルンを抱きしめる。

「もごあー!」

 うん、ナージャ。それは窒息するやつだ。

 何となく面白くないのでぺりっと引っ剥がす。

「うう、父さん。助かったけどなんか釈然としないんですが」

「アレは俺のだ。わかったな?」

 ちょっと魔力を放出しながら息子ににらみを利かせる。

「はい……」

「悔しかったら俺より強くなるんだな」

「……はい! 母さんと姉さんは僕が守ります!」

 などと言っていると進行方向に何かが現れた。魔力に反応してやってきた下級の竜だ。


「うゆ! にゅるるる!」

 エイルが防壁を張って鳥を守る。奴らからすればあれは魔力の塊で、ごちそうに見えているんだろう。

「風弾よ、はじけよ!」

 ナージャが爆風の魔法を使って竜を弾き飛ばすが、下手に大きな魔法を使うと鳥の術が崩壊しかねない。

 吹き飛ばしただけでは効果が無かった。エイルの魔法とその魔力は奴らからすれば極上の餌なのだろう。

 

「むー……」

 再び寄ってきた竜にナージャも少し困った顔をしていると……。

「僕がやります。見てて!」

 そう言ってノルンは目を閉じた。一瞬の間をあけて再びその目を開くとその左目は黒く染まっていた。


「見える!」

 短く発した言葉はこれまでの茫洋としたところがない、鋭い刃のような響きがある。

 左手を開き、五指を前にかざすように突き出す。

「魔弾よ! わが敵を撃て! エナジーボルト!」


 ノルンの左手から、というより指先から放たれた魔法弾は絡み合うような軌道を経て、飛龍の翼の付け根に吸い込まれる。

 最小限の威力で最大限の効果を発揮する場所を射抜いた。そう、翼を動かすための腱と風の魔力を操る魔法回路だ。


「GYAAAAAAAAAAAAA!!!」

 悲鳴を上げて竜たちが落ちていく。この程度の高さから落ちたとしても多分死ぬことはない。ただ、身動きは取れなくなるだろう。そうなったとき、彼らを待つものは何か、それが彼らの運命なのだろう。


「ノルン! すごいじゃない!」

 ナージャがむぎゅっとノルンを抱きしめる。そう、あのエナジーボルトで使う魔力はそれこそマークでも出せる程度だ。

 五指から放った別々の魔力弾を個別に誘導し、それを一点に同時に着弾させた。しかも貫通力を上げる為回転を加えて。

「なんちゅう……」

 戦いの才能なら俺をも上回るかもしれない。戦神の名を継ぐ……継ぎかけただけのことはある。

 

「はわ、はわわわわわわ!?」

 視界を奪われ、情けない声を上げているわが息子。ナージャの胸から何とか顔を引きはがして、こちらを見る目は元通りの真紅の瞳だ。


「うーん、5個の魔力弾を同時に誘導して同時に動く的に当てる。それも一点に集中して。離れ業というのもあほらしいな」

「だよねー、さすがわたしとアレクの子供だよ。えっへん!」

 これが龍王のスタンダードなんだろうか?少なくとも俺にはまねできない芸当だ。ノルンが俺と同等の力を身に着ける日が来たとして、いや、半分の力があれば技術だけで俺を圧倒できるのではないだろうか?

 そう考えると冷たいものが俺の背中を走るのだった。


 夜も更けたので、鳥の魔法を回収してキャンプすることにした。

 ナージャの持つ魔法の袋からは、いつぞや旅に出るときにシグルド王子からもらった物資が当時のまま入っている。

 とりあえず食事を済ませると、俺はノルンに声をかけた。


「ノルン、全力で俺を攻撃するんだ。手加減は許さない」

「ふぇ? 父さん、何を言ってるんです?」

「自分の実力を知っておかんとな。それにまだまだひよっこのお前だ。俺に一撃入れるなんぞ10年早い」

「ああ。そうですよね。世界最強の父さんですし」

「そういうことだ。さあ、来い!」

 ノルンはバックステップして距離を取ると雄たけびを上げた。しかしその目は

「うおおおおおおああああああああああああ!!」


 ノルンが全魔力を指先一つに集約して放つ魔力弾は……俺の防御結界にヒビ一つ入れることが出来なかった。ただ、あの黒い目はある種の固有能力なのだろう。

 全方位、球状に均等に結界を張ることは難しいし、それをやる意味がない。余波を防ぐために球状に展開するとしても、破られたら意味がないので攻撃が来る方向に厚みを持たせることが普通だ。だが、あの変幻自在の魔力弾を操って支点を破壊すれば結界は意味をなさなくなる。それこそ針の穴を通すような制御を必要とするが。


「その程度か!」

 俺の叱咤にノルンの顔色が変わる。

「まだまだ!」

 だが同じように一点集中のただの魔力弾では俺の結界を貫けない。10回ほど同じことを繰り返したあたりでノルンの魔力が尽きた。


「うふふふふー、エイル。やっちゃいなさい!」

 なぜか仁王立ちするナージャと、満面の笑みを浮かべるエイル。

「え? ちょ? なにを!?」

「うにょるにゅるるるるるにょにょるるる……うにゃ! りざれくしょーーーん!」

 エイルの高速詠唱と共にナージャが地面をぺしっと叩いた。

 大地で魔力が還流する道、龍脈を刺激して膨大な魔力を吸い上げ……ノルンに流し込まれる。

「うぼぁーーーーーーーー!」

 膨大な魔力がノルンに流し込まれ、枯渇状態が一気に回復された。

 プスプスと煙を上げているノルンにナージャが笑顔で告げた。

「さあ、もう10セットよノルン!」

「え……?」

「アレクが稽古をつけてくれるなんてめったにないわ!」

「ノルン、頑張って!」

 ノルンは引きつった笑みを浮かべると、魔力を練り上げ始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る