新たな龍王
「んふふふふー」
全身から幸せオーラをまき散らしながら長椅子に腰かけてお腹を撫でる我が妻。周囲に花びらでも乱舞しそうだ。
「うにゅー」
その隣には眠そうな目でナージャに抱き着いている長女のエイル。天使のような寝顔は、爺さんどもの表情を土砂崩れさせそうな破壊力だ。
それにしても龍の生態はよくわからない。わからないが、そういうものだからで納得しておいた。「もう少し、かな?」という言葉を信じるなら臨月くらいのはずなのだが、ナージャのお腹は特に膨らんだ様子もなく、見た目上は子供がいるなんて思えない。
これが人間だったらまた何か違うのだろうか? と思うが、そもそも彼女が龍じゃなかったら今頃俺はゴブリンのエサだったわけだし、無意味な仮定だ。
「はわ!」
エイルが変な声をあげて目覚めた。
「うゆー……」
ナージャもいつの間にか微睡んでいるようで、エイルが離れたことに気づいてはいない。いや、気づかないわけではないんだろうけど気にしていない、という方がいいのか。
目をこすりながらとてとてと歩いてきて、俺の足にガシッとしがみついた。
「どうした? 怖い夢でも見たのかい?」
「うー、怖くないけどふしぎな夢を見たの」
「へえ、どんな夢だったんだい?」
「えーとね、ママのお腹になんかピカピカしたのがはいっていったの」
「へえ」
とナージャの方を見ると……なにやら光り輝く精霊? のようなものが吸い込まれていった。
そして、ナージャが目を覚まし……いきなり放たれた魔力弾で俺は吹っ飛ばされた。
「パパ!」
「エイル。あなたも家から出てなさい。……生まれる!」
普段はもっとふんわりした口調のナージャがまるで人が変わったようだ。そして、ナージャを中心にすさまじい量の魔力が渦巻いていた。
「ナージャ!」
家から飛び出してきたエイルを抱きとめ、そのまま声をかける。
「うん、大丈夫! 立派な卵を産むから、待っててね」
高密度の魔力は半ば物質化し、光を放って俺の視界を阻む。龍の目でナージャの魔力は正常で、彼女は無事だとわかるが、この暴走しているような魔力の渦の中心にいることもあって全く安心できない。
「るるる……ららららー」
エイルの舌っ足らずな発声ではなく、歌うかのような奇麗な呪文。それによって無軌道に荒れ狂っていた魔力の渦がその向きを整えられ、一定の流れになる。
そして渦の中心にいるナージャに向けて魔力が集まって行った。
「RYUUUUUAAAAAAAAAAAAA!」
人間の喉では発声不可能な複雑な旋律は、人語ではなく龍の言葉として放たれる。
『運命を統べしものよ、汝が生誕を祝福す。いま、ここに我が子としてその光を解き放たん!』
「うわ!?」
逆巻く魔力は物理的な力をもって俺にも吹き付けてくる。エイルをしっかりと抱きしめて魔力の暴風から守る。
「パパ! 生まれるよ!」
エイルが感極まったような声を上げる。ナージャが手を差し出すと渦巻く魔力が彼女の手に集まり、そして下腹部から光の塊のようなものが出てきて形を成した。
「ふう」
何事もなかったかのようにハンカチで額の汗を拭いている。いつものふにゃっとした笑顔だ。
そして。ナージャの手には白銀に輝く……卵があった。
「ふわああああああああああああ!」
エイルが俺の手からするっと抜け出し、ナージャのもとへと走っていく。
「あらあら、ごめんねエイル。この子、ちょっと規格外でねえ」
「うん、すごいの! 生まれる前から龍なの!」
妻と娘の会話に、俺は嫌な予感がよぎる。なんだろう。龍王になってしまったから、人間並みの平穏な暮らしはあきらめるしかなかった。
それこそ悪しき力から大事な家族を守れるように力を得た。そこはいい。
そして自分の目にも見える。卵の中に恐ろしいほど凝縮された魔力があり、ナージャの胎内で育てられた新しい命がそこに在る。
「ねえ、アレク。名前、わたしが決めていい?」
「ああ、もちろんだ。というか、あの詠唱は……?」
「ええ、運命というか因果律というか、そういったものに強く縁のある子になっちゃったみたいでね。放っておいてもトラブルというか事件というか……に巻き込まれるのよね」
「あちゃー……」
俺は天を仰いだ。そりゃ男の子にはいろんな時期がある。一度は勇者とか英雄にあこがれる。けど、彼らの存在は悲劇と紙一重なのだ。
むしろ表裏一体ともいえる。
平穏無事とは対極の人生……龍生? を約束された我が子に、胸の中でエールを送る。
「強く生きろ我が子よ……」
「うゆ? すごくつよいよ?」
「あ、ああ。そうだね」
エイルがきょとんと首をかしげる姿を見て悶絶を必死にこらえる。父としての威厳を保つのは大変だ。
「はーい、じゃあみんなで卵を温めましょー!」
ベッドの上に卵を置くとナージャはその隣にぽすんと腰かけた。エイルが卵に抱き着く。
俺はナージャと反対側に座り、卵に手を当てると……なんかすごい勢いで魔力を吸われた。
ナージャとエイルは特に普段通りってことは、俺から意図して魔力を吸い上げているようだ。
「く、ぬおおおおおおおおおお!!」
我が子が腹を空かせているのであれば、わが身を削ってでもその腹を満たすのが親の務め! などと沸いた思考で魔力を全力で流し込む。
「あ!」
「へにゃ!」
ナージャとエイルがよくわからない声を上げると……卵の殻にひびが入った。
中から魔力が膨れ上がるのを感じる。その圧力で空にはクモの巣状に亀裂が入り、縦に割れた。
「ふはははははははははははははは!!」
いきなり高笑いを上げて仁王立ちする人間でいえば5歳くらいの幼児。髪の色はナージャそっくりで、顔立ちはたぶん俺に似ているのだろう。ナージャの目がハートマークになっている。
「控えよ、下郎ども!」
何か不穏なことをほざいた。
「わが名はウォーダン! 全知全能の存在なり!」
とりあえず手元にあったハリセンでツッコミを入れた。
スパーーーーーーンと乾いた音が鳴り響く。ま、あれだ。全知全能ならこの一撃も避けられるよね。で、ヒットしたわけだからその能力にも限界があるってことだろ。
というか生まれた瞬間から、エイルより多少少ない程度の魔力だ。十分に龍王クラスの力を持っている。
「にゅふふふふふふふふふふふふーーー!」
ハリセンを受け、一瞬ひるんだその間を逃さずナージャが息子を抱きしめた。
「うわやめろはなs……もがー!」
「にゅふふふふふー、かわいい! アレクそっくりなのー」
「もが、もがもがーーー!」
顔をナージャの胸に押し付けられてまともに話すことができてない。うらやましい……。
とか思っていたらエイルが肩車っぽく俺に飛び乗ってきて後頭部にしがみついた。
「んー、とりあえず。名前を付けましょうね」
ナージャの言葉に息子がじたばたともがく。だが幼子の細腕では抵抗のしようがなかった。
「もがーーーーーーー!」
「あなたの名前はノルン。そんな物騒な名前はミドルネームにしちゃいましょうね」
ウォーダンという名前は確か戦神の名前だ。生涯を戦い抜き、戦場で果てたと聞く。まあ、我が子に送ってほしい人生ではないよな。
「あ、あ、あああああああああああああああああああ!」
名前によってその存在が固定され、在り方が決まる。それは龍の強すぎる力へのくびき。強すぎる力は結局わが身に還り、その身を亡ぼす。
だから、運命を司る神々の使徒であるノルンの名前を冠したんだろう。
輝きが収まると、吊り上がっていた眼はふにゃりと緩み、牙をむくような口元は笑みをたたえ、母の腕の中でうたたねをする姿はただの幼子だった。
「うふふ、ノルン。お姉ちゃんだよー」
エイルはナージャそっくりの笑みを浮かべて母に抱かれて眠る弟を見ていた。
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