彼方からの手紙

「うにゅるにょるるにゃにゃにゃにゃにょるるるるるる」

 よくわからないうなり声のような詠唱。

「うにゅるるにょるりゅりゅ……あっ!」

 子供たちが魔法の練習をしているようだった。最初の声は長女のエイル。そして、悲鳴を上げたのは、長男のノルンだった。

「ん!」

 ナージャがほぼ無詠唱で魔力を展開して、暴発した魔法を抑え込む。

 ちなみに、エイル自身もすでに龍の一端に名前を連ねるほどの力となっている。


「うう、ごめんなさい、お母さん」

 しょぼんとしているノルンをナージャは無言で抱き寄せ撫でていた。ちなみに、ナージャが考えていることは……。

「にゅふ、にゅふふふふふふふふ。アレクにそっくりでかわいいー!」

 うん、口から駄々洩れだった。

 口元も若干にへらッと緩んでいる。それを通りがかりの冒険者がぽーっと見とれている。


「あー、アレクきゅん。お手紙が届いてるわよー」

 そんなところにギルドからチコさんがやってきた。ちなみに、今やこの人はティルのギルドマスターだったりする。

「ああ、ありがとうございます」

「んふー。いいってことなのですよ。だからその広背筋を……」

 というあたりで魔力弾が飛んできてチコさんを吹っ飛ばした。

「アレクはわたしの!」

 今日もうちの嫁が可愛くてやばいです。


「アレク、お手紙ってどなたから?」

「ん―……だれだこれ?」

「わ、アレク、大変だよ!」

「え? どういうこと?」

「龍王が代替わりしたんだって」

「よくあるのかい?」

「ここ数百年はなかったと思うの。お父様から聞いた限りだけど」

「へえ、何々……?」


 手紙を開くと、やたら持って回った言い回しの挨拶から始まり、代替わりに至った経緯が書かれていた。

 先代の龍王が人族の冒険者に討たれたというのだが……。

「おいいいいいいいいいいいいいい!!」

 討ち取ったのはうちの父だった。

「ちょっと待て、確かに人間離れした力になってたけれども、龍王を倒せるほどの力があったの?!」

「ふぇ!?」

 ナージャも驚きの表情を浮かべている。

 こめかみに鈍い痛みを感じながらさらに手紙を読み進めた。

 龍王アレク様の保護下に入りたいと書いてある。要するに龍王としては未熟なので、一人前になるまで保護しろということだ。ついでに責任をとれとも書いてある。

 そこはまだいい。最後にこう書いてあった。宝物庫から出られないので助けて!


「えーと、ナージャ。ファフニールって知ってる?」

「ああ、うん。龍の中でも一番のお金持ちだね」

「なんかさ、宝物庫の中に閉じ込められたって何事なんだろうか?」

「んー、なんか崩れて出られなくなったとか?」

「それは良いとしてだ。なんで手紙が届く?」

「魔法、かな? 使い魔を呼び出して手紙を持たせたとか」

「で、助けに行くとして、どこに住んでるの?」

「あれ?」

 ナージャが首を傾げた。何このあざといまでの可愛さ。

 息子のノルンはナージャの胸元で抱きつぶされていた。哀れ……とはいわない。むしろそこは俺のもんだ。どきなさい。


「にょるるるるる……うにゃー!」

 謎の呪文を唱えるエイル。その手にはファフニールの手紙があった。

 ナージャの手によって鳥の形に折られた手紙は、エイルの呪文でかりそめの命を吹き込まれ、小鳥の姿を取って俺たちの周囲を回っている。

「にゅるるるるー」

 エイルは目を閉じて呪文を唱える。

「わかった。あっちなの!」

 エイルの指先は西を指していた。


「よくできたわねー! すごいわ!」

 ナージャはエイルを抱き上げくるくる回っている。

「うゆー」

 そのまま目を回してそろってへたり込むところまでがお約束だ。

「んじゃ、行くか」

 毎度のことながら、この先になにが起きるのか全く分からない。それでも身内がやらかしたことの始末は付けないといけない。


 それは置いといて、久しぶりの冒険に胸が躍っている自分がいた。頭上から落下するかのように下りてくる存在がいる。

 地表寸前でバサッと翼をはためかせ、地面に降り立ったのは、最近姿を見なかったフェイだった。


「主様、旅に出られると聞き、はせ参じました」

「あ、フェイ。おかえりー」

 のほほんとした雰囲気のナージャがしゅたっと手をあげる。

 ぴょんと飛び上がって、フェイの背中に埋もれた。

「もふもふもふもふもふもふもふー」

「あ、ちょ、ナージャ様!」

「うふー、久しぶりのモフモフね」

「あ、ちょ、そんな、そこは!?」

「お母さん……」

 フェイにまとわりついてモフっている姿を見て、ノルンが驚いた顔をしている。

「うん、あれが素だよ」

「お母さん、かわいいです……」

 うん、親子だけあって好みがそっくりだった。

「だろう? だがあれは俺のだ」

「くう! 出会うのが遅すぎました!」

 いやそもそも、母親相手になにをほざいてるんだとかいうツッコミはどこからも入らず、エイルは一人魔力の出どころを探っているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る