コミカライズ記念SS「とある一家の朝」

 カーテンの隙間から差し込む日差しが目に入って、ゆっくりと目を覚ます。ベッドわきの籠が僕の寝床だ。

 隣にあるベッドには、敬愛する主のアレク様とナージャ様、そして二人のお子様であるエイル様がすやすやと寝息を立てていた。


「うにゅ……」

 ナージャ様もお目覚めのようだ。隣で眠るエイル様を見て、ゆったりとした笑みを浮かべ、その頬を撫でている。


「あ、おはよ。フェイ」

「はい、おはようございます、ナージャ様」

 ふにゃっと浮かべる柔らかい笑みは、ティルの村のみならず、近隣の村からも心を打ち抜かれる若者が相次いだ。

 そんな彼らの恋心を完膚なきまでに打ち砕いたのは、主様のことを想う笑みだったのではないだろうか。

 なにしろ、尻尾とかあったら全力でブンブンやってるような感じなのである。目はハートマークになっている。実に愛らしいのだ。けれどそのまなざしはずっと一人の相手に注がれている。他を見ることは決してない。だからこそ、美しいのだと思う。


「では行ってまいります」

「うん、お願いねー」


 籠を首からぶら下げ、ご近所さんのところを回る。籠にはナージャ様謹製のパンが入れられ、それと引き換えにいろいろな食材をいただくのだ。


「きゅうん」

 鼻から抜けるような声を出し、尻尾を振って愛想を振りまく。ご近所からも可愛がられることで、主様たちの評判を上げる。なんとできた使い魔なのだろうか(ふんす)


「ただいま戻りました」

「ああ、ご苦労様。フェイ。それとおはよう」

「おあよー……ふわあああああああ」

 テーブルには膝の上にエイル様を抱きかかえた我が主、アレク様がいた。

 キッチンの方からは何やら呪文が聞こえてくる。


「炎の精霊よ、我が意に従い舞踏せよ……フレア・バースト!」

 キュボっと何やら物騒な音を立てているが、ただの点火の魔法だ。フライパンの上では、いつぞやナージャ様が仕留めた大猪のベーコンがじゅわじゅわと焼けている。

「ナージャ様、こちらを」

「あ、お帰りフェイ。おおお、これは良い卵だね!」

「はい! ゴンザレス様の奥方がもっていけと」

「ふぉおおお、いいね。じゃあ……」

 ナージャ様はぱかっと卵を割るとボウルでかき混ぜる。風の魔法を料理に使うのは龍族の膨大な魔力があってこそだ。

「ふふふふーん♪」

 鼻歌混じりに混ぜた卵にミルクを少し、軽く加熱したチーズを混ぜていく。指先でぱちんと岩塩の塊を弾くと、キラキラと朝日を弾きながら均一にボウルの中に落ちていった。


「おりゃー!」

 気合一閃、フライパンがくるりと返される。金色の卵液がふわりと舞い上がりくるっと巻かれた。


「ママのオムレツおいしいんだよ!」

 エイル様は主様の膝の上できゃっきゃと楽しそうな声を上げている。


「おまたせー!」

 どんとテーブルの上に置かれたオムレツはホカホカと湯気をたてていた。すっとナイフを入れると、とろりと半熟の卵があふれ出る。散らした香草がふわりと香った。


「「いただきまーーーす!」」

 パンにかじりつき、オムレツをパクリと一口。美味しい。竜族の中でもこれほど良い食事をしている者は他にいないだろうと確信する。


「んじゃいってくる」

 主様はゴンザレス様の所へ出かけて行った。今日は新人冒険者に稽古をつける日だ。


「僕も行ってきますね」

「あ、アレク、フェイ、これお弁当ね」

「うん、いつもありがとう」

「え、そんな。わたしはアレクのためなら……」

「うん、嬉しい。俺は幸せ者だよ。こんな美人で気立てのいい嫁さんがいて。料理もうまいし」

「にゅふ、にゅふふふふ、そりゃ、ねえ。旦那様のためならがんばりますとも、ええ」

 ナージャ様はくねくねとしながらよくわからない言葉遣いになっている。そして見つめ合った後、二人の顔が徐々に近づき……。

「パパ、遅刻しちゃうよ?」

 その一言に我に返った主様は顔を真っ赤にしながら

「あ、ああ。じゃあ、行ってくる」

「い、いってらっしゃい。気を付けてね」


 少し赤い顔をした二人を見送り、僕も日課のパトロールに出かけるのだった。

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