19話 王家の紋章
「で、あるか」
俺の説明を聞いたシグルド殿下はため息交じりに答えた。
「ええ……」
「まず先に言っておく。すでにヒルダの手によって解決の道筋は出来ておろう。しかし……」
「私は恩を着せられ、取り込まれると?」
「で、あるな。ただ、お主にとってもそう悪いことではないかもしれぬ。あれは高位貴族の中にあっては珍しいほどの分別があってな」
「は、はあ」
俺の気の抜けた返答も意に介さずに言葉を重ねる。
「うむ、ちと困った部分が、物語狂いなのだ。いまだに白馬に乗った騎士が自分を娶りに来ると信じ込んでおる節がある……そういえばお主の連れておるその毛玉だが……」
「フェイの事ですか?」
「空を飛んでいたとの報告を受けておる。それに、ティルと言えばここから駅馬車を使ってもふた月はかかる」
「ええ、おっしゃる通り。フェイと言います」
するとフェイは丸まっていた姿勢から俺の横までてくてくと歩いてきた。
前足を上げて、「キュイッ!」と声をだす。まるで挨拶しているかのようなしぐさで、王子の背後に控えている侍女の皆さんが悶絶していた。
俺がフェイを促すと、てちてちと歩いて行って、侍女の皆さんになつき始めた。うん、あざとい。あいつ全部わかってやってるからな。
「ちなみに、あれは何なのだ?」
「他言無用でお願いします」
「始祖の蛇の名において誓おう」
「フェザードラゴンです」
「……んな!? かの白き翼、フレースヴェルグ様の眷属になるのか?」
泰然としていた態度が崩れる。そういえばお義父さんの話に出てきたフレースヴェルグはフェザードラゴンが進化した存在らしい。
(……あの毛玉がもう少し経験を積めば、彼のフレースヴェルグに次ぐ存在となろうよ)
即座に補足が入るあたり、最近あまり眠ってないですよねお義父さん。
ふわふわもこもこしているフェイは侍女の皆さんからお菓子を食べさせてもらったりブラッシングされたりとご満悦だ。
「そうか……だがあの大きさではまだ子供であろう?」
「大きさをある程度自在に変化させられます」
「見かけには寄らないものだな」
と、ここまでの会話で、シリウス卿はひたすら存在を消していた。王子直属の護衛騎士であるので、わきに控えて風景になっている。
というか、そうでないと侍女の皆さんからの熱視線に耐えられないのであろうか。
(まあ、あれだ。一国の王子のそば仕えともなれば、それなりの家柄の娘たちであろうからな。何かの手違いで王子の子供を身籠ることがあっても困らない程度ではあるだろうよ)
ほほー、けど俺にはナージャがいるからなあ。
(うむ、賢明だ。龍族の女と言うのはそういう気配に敏感でなあ……)
個人的武勇では王都一。さらに兵の指揮能力も高いらしい。あと顔もいい。バトルジャンキーもマイナス評価にならないと……。この人何が不満なんだ?
「して、単刀直入に問う。お主に加護を与える龍はどなたかな?」
「……なぜそれが?」
「始祖の蛇、ミドガルズオルムの血が入っているのが王家なのだよ。そして、龍は龍を知るとでも言っておこうか」
要するに、龍の力を感じ取ることができるというわけか……。
「それは王家だけですか?」
「王家に近い貴族も過去に王家との婚姻がなされている。その血は薄いが、中には先祖返りと言われるものが出ることもある」
「例えば、ヒルダ嬢のような?」
「ぼーっとしておるように見えて聡いな。俺の側近にしたいくらいだ」
「出自が村人であっても?」
「力を示せばよかろう」
「それでよいのですか?」
「少なくとも、龍の加護を持つ者だからな。貴族位は間違いないな」
「では、明かしましょう。黒龍王ニーズヘッグです」
しばらく返答に間があった。と言うか目を見開いている。
「……うむ、多少の事では驚かんが、まさか龍王の騎士とはな」
「おそらく、40年前の竜騎士アクセル以来でしょう」
シリウス卿が言葉を継ぐ。
「それは、確かに私ごときがかなう相手ではないな……」
と言いつつ顔には喜色が溢れている。
「うむ、公爵にでもするか? それこそヒルダを嫁にしてだな」
「良いのですか?」
シリウス卿が眉をひそめて問いかける。うん、よくわからん会話が始まっていた。
「仕方なかろう。下手をすると私よりこの国においては地位が上になるぞ」
「歴代の中でも最も力を振るった方ゆえに、ですか」
「ああ、老臣どもがよく言っておった。あれほど禍々しく、強く、そして美しい龍はほかにいなかったとな」
(ほう、わかっておるではないか)
うん、お義父さんの声をこの二人に届けたら面白いことになるんだろうけど……別方向でもっとまずいことになるな。
「まあ、よい。アレクよ。お主の願いは俺も聞き届け、王国として手を打とう。貴殿の細君には悪いことになるであろうしな」
「ああ……そうですね。わたしはナージャ以外を妻にするつもりはありませんし」
「うむ、それにだ。ヒルダは一応私と婚約しておる間柄でな」
「えーっと、ではこれはお返しした方がいいですね」
「いや、構わぬ。お主が持っておけ。あと、これを預ける」
蛇がとぐろを巻いているような紋章だ。
(ミドガルズオルムの絵姿だな。王家の紋章でもある)
「よろしいのですか?」
「お主の力と心根はよくわかったつもりだ。あのような貴族を野放しにした責も負う」
「……わかりました」
わずかであるが王子がこちらに頭を下げた。そのことにシリウスが少し目を見開く。
「それでだな。頼みがある」
「お聞きしましょう」
「交換条件と言うのではない。断っても構わぬ。その上で問う。俺の力になってくれぬか? 国にとは言わん。俺個人が困っているとき、助けを求めても良いか?」
「アレク個人で良ければ」
「十分だ。その時はただのシグルドとして話す。ありがとう」
うん、なんか王族と言うもののイメージが駄々崩れする。けどそれはいい方にだった。王子と言えども悩みは抱えているということだな。
「ええ、よろしくお願いします」
「それでだな、お主にはきついことを言うかもしれんが……ヒルダの求婚を断ってほしい」
「ええ、もちろんです。俺にはナージャがいますからね」
「おお、すまん。助かる!」
ああ、この王子様はとても一途だ。そこにとても親近感を抱いた。
そして当のナージャは、フェイを取り囲んで侍女の皆さんとガールズトークに花を咲かせていたのだった。
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