56話 結界の中で修業していたら10年たってました
「アレク、なの?」
「……母さん」
「アレク!」
母さんが俺に飛びついてくる。スパっと間にナージャが割り込んで母さんを抱きとめる。
「えーっと……ナージャ、ちゃん?」
「いくらお義母さんでもアレクに抱き着くのはちょっと……」
「いやあねえ、親子じゃない」
「むう、わかるけど、ちょっといろいろと……」
まあ、あれだ。確かに年齢差がなくなっているというか、母親というより姉という感じになってしまっている。
「あらあら、大丈夫よ。アレクは昔からナージャちゃん一筋だったからねえ」
「はうっ! うにゅうううううう」
真っ赤になって撃沈しているナージャはとても可愛い。
「アレク、お前がなんでここにいるのかも、なんでいきなり育っているのかもわからんが、俺たちには役目がある」
「父さんたちが行方不明になって、10年以上たってるんだ」
「なんだって!?」
「このダンジョン、多分中と外で時間の流れ方が違うんじゃないかな?」
「いや、それはない、はずだが……?」
「あ、たぶんあれじゃない? 女神さまの修行用結界?」
俺たちの会話に母さんが入ってきた。
「あー、もう何度挑んだかわからんけど、だんだんといい感じになってきてたんだよな」
話を聞くとこのダンジョンの奥にいる女神に修行をつけてもらっていたそうだ。修行の時間を確保するため、精神と時空の結界の中に放り込まれ、延々とモンスターと戦っていたらしい。
本人たちの時間は無限にまで引き延ばされ、次々と襲い来るモンスターと戦い、勝つと上位のモンスターが現れる。
「ハイドラって、中位クラスのドラゴンって、どんだけ戦ってたんだ……?」
「さあな。それこそ覚えていられんほどだ。初めて戦った時は開幕ブレスで消し炭だったなあ。わっはっはっは!」
笑ってる場合じゃねえ、っていうか、役目について聞いておこうか。
「んで父さん、その役目って?」
「ああ、父上、お前からすると爺さんが旅に出たのは知っているな?」
「うん。世界樹を目指してって言うのはこの前知ったよ」
「そうか、旅の目的は聞いたか?」
「ああ、ニーズヘッグの心臓を封印するため、らしいね」
「そうだ、かの龍王が復活すれば、この世はまた闇に閉ざされる。まあ、お前がそこまで育っているんだ。今のところ世界は平和、みたいだな」
「ああ、そうそう、俺、ナージャと結婚したんだよ」
「そうか! でかした! レナの次くらいにはいい嫁さんになるぞ!」
「何言ってるんだよ! ナージャは世界一だ!」
などと言い合っていると、チコさんがボソッとつぶやいた。「親子、ですねえ」
「あ、そうそう、ナージャの親父さんを紹介するよ」
「へえ、ここにいらっしゃるのか? そういえば、ハイドラを一撃で仕留めるとかお前どんだけ強くなったんだよ!」
「たぶん、世界一、かな?」
「はっはっは、大きく出たな!」
「でね、こちら、ナージャの父上、ニーズヘッグさんです」
と紹介した瞬間、父さんの顎がかくーんと落ちた。
「……なん、だと?」
「……ご紹介にあずかった。ナージャの父であるニーズヘッグだ。真龍王たるアレク殿の眷属をしている」
「…………………え?」
「えーっとね? 事情を説明すると……」
かいつまんで事情を説明した。ニーズヘッグの事、ナージャの事、エイルが生まれたこと、そして、爺さんを助けに行ったら、始祖龍王から力を押し付けられて、真龍王とか言うのになってしまったことをだ。
「なんつーか、俺らも大概だが、お前も波瀾万丈だな」
この一言で終わらせた父さんを俺は素直にすごいと思った。とりあえずスケールが大きすぎてついていけてないだけかもしれないけど。
「うわあああああ、ふわっふわー!」
母さんがフェイをとっ捕まえて撫でまわしている。
「えーっと、ご母堂。わたしはぬいぐるみではありません……」
「もふもふーーーーー!」
完全にトリップしてやがる。ちなみに、ドラゴン形態のエイルも抱きかかえている。
「ああ、あいつは昔から動物に好かれててなあ」
「一応フェイもエイルも龍王なんだけどね?」
「だが、危害を加えたりしないんだろう?」
「まあ、「家族」だからね」
「ああ、お前ひとりを残して行くのは心残りだったが、ナージャちゃんがいてよかったなあ」
「そうだね。ナージャがいなかったら俺、多分今頃死んでる」
「じゃあ、大事にしないとな」
「もちろん!」
「えーっと、よろしいでしょうか?」
「はい?」
チコさんがやってきた。珍しくなんか緊張しているようだ。
「疾風のジュリアン、さんですよね? 初めまして、あたし、チコ=チダといいます!」
「はじめまして。俺の記憶が定かなら、レンオアムギルド期待の新人、だったよな?」
「あはは、それもう十年前のお話ですよ?」
「ああ、そうだよな。そうか……」
「それで、ですね。そのしなやかな筋肉を!」
チコさんが目にも止まらぬ速度で踏み込んだ。龍王の俺が一瞬見失うとかどんだけ。
「ぬお!?」
バックステップで距離をとろうとするが、一歩目からトップスピードのチコさんの踏み込みって何なんだろう。
「うふふー、素敵な筋肉をゲットするために「縮地」をマスターしたのですよー」
筋肉のために習得できるレベルのスキルじゃない気がする。そして、その速度で動き回る二人にすっと近づいて……母さんのハリセンがチコさんの顔面を真横に一閃した。
「ふんぎゃあああああ!」
「うちの旦那に何をしているんですか?」
「いやあの、素敵な筋肉なので、ちょっとひと撫で?」
「撫でるだけ?」
「はい、筋肉を愛でるのがあたしのライフワークなのです!」
「んー、上腕二頭筋にぶら下がるところまでならオッケー。抱き着いたらだめよ?」
「やった!」
父さんの腕にぶら下がるチコさん。やたらシュールだった。
「あー、そろそろいいかな?」
そんなワチャワチャやってるところに少年の声が響いた。十代前半に見えるのに、持っている槍はやたら物騒な魔力を放っている。
というかあれだ。ダンジョンの中でナージャを狙って放たれた槍と同質の魔力だ。
「あら、セタンタ君」
母さんが少年を呼んだ。
「ああ、結界が破壊されたからもしやって思ったら……師匠が呼んでます。一緒に来てくれます?」
俺が目配せを送ると母さんは無言でうなずいた。
とりあえず、瞬時に魔力を編み上げ魔力弾を少年に向かって解き放った。
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