57話 駄犬をしつけるには力を見せるのが一番手っ取り早い

「ふっ!」


 セタンタ少年は虚空から槍を取り出し一閃した。俺の放った魔力弾は真っ二つに切り裂かれ、彼の左右で炸裂している。


「兄さん、一体何のつもりだい?」


「ふん、さっきナージャに向かって飛んできた槍、あれはお前だな?」


「だとした……ってうわ!?」


「ふん、なかなか素早いな」


 俺が真一文字に振るった剣を槍で受け止めている。


 セタンタ少年の驚愕の表情は一瞬で消え、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべて後ろに飛び退いた。




「うちの嫁に手を出す奴は物理的に消滅させることにしているんだ」


「ちょっとまてよ、あれは師匠がやれって……」


「ほう、人のせいにするのか。男らしくねえな」


「ふん、まあいいさ。売られた喧嘩は買わないと、な」


「そういうことにしとけ」




 鋭い踏み込みと共にセタンタ少年の構えた槍が点になる。そのまま点が大きくなるように、槍の穂先が俺の顔面の中心に向けて伸びて来た。


 その軌道に剣先を割り込ませて逸らす。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 鋭いというにはいささか速すぎる神速の突き。連続した金属音が広間に響き渡る。


 それは打楽器の演奏のようで、フェイントを織り交ぜた変幻自在の攻撃が奏でるリズムは人の手には奏でられない旋律を生む。




「はっ、どうした? 守ってばっかじゃ俺には勝てねえぜ?」


「そうか、んじゃこういうのはどうだ?」


 刺突をそらすパリィという技術ですべての刺突をさばいている。そしてそれを一段上のギアに上げた。


 鋭い一直線の動きというのは横からの力に弱い。それこそ軌道上に角度をつけて剣を突きだせばその穂先をそらすことができるくらいには。


 そして、割り込ませるタイミングをわずかに遅らせて、槍の穂先を横から叩いた。


 ガキンと先ほどまでとは違った音を立て、槍の軌道が大きくずれる。セタンタ少年が俺のセリフに反応して、わずかながら力を入れすぎた突きを狙いすまして叩いてやった。


「うわ……!?」


 それ自体は大きなスキではない。だが、泳いだ身体を立て直して繰り出される突きは、やはりわずかながら勢いが落ちている。


 そしてその穂先を横から掌で叩き、そのまま槍身に沿って体を滑り込ませた。


「なにっ!?」


 俺が振るった横薙ぎの斬撃を跳躍して避けたところまではさすがとしておこうか。


「空中では身動きは取れんよな?」


「し、しまった」


 俺がゼロ距離で放った魔力弾はセタンタ少年を派手に吹っ飛ばし壁に叩きつけた。それでも槍を手放さず、穂先をこちらに向けているのはなんというか、戦士としての天性を感じさせる。




「がはっ!」


 口から血の塊を吐き出し、よろよろと立ち上がる。




「アレク、さすがにやりすぎよ!」


 母さんが背後から叫ぶが、未だこいつの眼から光は消えていない。




「レナさん、この人、本気で強いな。師匠より強いかも知れねえ」


「ふん、相手の方が強いからといって逃げるのか?」


「今まで出したことがなかった俺の全身全霊、受け止めてくれるかい?」


「ああ、いいぜ。かかってきな」


 立ち上がると槍の穂先をこちらに向け、構えをとった。体を前傾させ一瞬でこちらとの間合いを詰めようとする意図が感じ取れる。


 俺は初めて剣を体の前で構えた。膨れ上がる魔力が槍の穂先に集約されるのがわかる。




「魔槍ゲイボルクよ、俺の命をくれてやる。代わりにあいつの命を俺にくれ」


「ふん、物騒な。ガキが粋がるんじゃない」


「ガキかどうかは、このひと突きを受けてから言いな!」


 地面を蹴って突進してくる。全身を一本の槍に替えたかのように。今までのような小手先のフェイントなどはない。その穂先は俺の心臓を狙っている。


 俺は龍王だ。それも世界で最上位の。だから極端な話、あの槍を素手で止めることもできるだろう。力の差は歴然としている。その気になればあの無数の刺突を避けるまでもなく無力化できる。


 その力の差を感じ取ったのだろう。命を魔力に替えて、過剰に暴走した魔力を槍に注ぎ込み、そしてさらにその力を穂先の一点に集約した。その技量と精神力は驚嘆に値する。


 暴走した魔力が体を食い破り、そこら中から血が噴き出し、その体を紅に染める。だが彼の眼は爛々と輝き、俺から視線を切ろうとしない。


 そして、最高潮に高まった魔力を全て前進に注ぎ込み、雷光のような速度で突っ込んで来た。




「貫けえええええ!!」


 槍から矢にそしてさらに絞り込んで針のようになった穂先。俺は剣の切っ先をその点に合わせ突き出した。


「ぬうううううううううん!」


 炸裂音も行き過ぎると無音になるらしい。背後ではナージャが結界を張って余波を防いでいた。吹き荒れる魔力の奔流は龍王ならそよ風みたいなもんだが、人間には災害みたいなものになる。


 衝突は単純な結果に終わった。真正面からの力比べ、もちろん俺は手加減なんぞしていない。


「ぐふああああああああ……」


 全身全霊を打ち返されて、吹っ飛んだセタンタ少年はやたらさわやかな笑みを浮かべていた。




「ははっ、師匠の言ってた通りだな。世の中は広い!」


「まあ、あれだ。のんきなこと言ってると死ぬぞ?」


「ああ、心臓が破裂寸前だな。龍王さんよ。あんたならどうにかできるんじゃねえか?」


「それをやる義理がどこにある?」


「たしかに、ねえな。わっはっはっは」


 瀕死だというのにやたら豪快な少年である。


「ぱぱー? あたしの出番?」


「そうだな。エイル。頼めるか?」


「あいー!」


 エイルは眼を閉じて魔力を集中させる。


「なんてこった、こんなちびっこが俺より強いってのか……」


「うにゅにゅにゅにゅにゅにゅ……女神よ、白き御手を差し伸べよ、傷つきし汝がいとし子を救いたまえ、癒したまえ……リザレクション!」


 なんてこった、エイルの呪文がはっきりとした言葉になってる! 子供は知らない間に成長するんだなあ……。


 天から降りそそぐかのように天井から白い光が下りてきて少年の身体を包む。


 そして一瞬眩しく輝いた後は……全身を染めていた血の色すら残さず、完全に回復しているのが分かった。




「ふん、これで懲りたか?」


「ああ、参っちまった。とりあえず師匠に引き合わせてえ。ついてきてくれるか?」


「ああ、トラップに誘い込むのはなしだぞ?」


「ははっ、バレてたか」


「招かれざる客への対処ってやつよ」




 そういうとセタンタ少年は虚空に手を伸ばし、魔力を込めた指先で何やら絵柄を描いた。


「あれは……ルーン魔術!?」


 チコさんの叫びと共に、なにもなかった広間のど真ん中に扉が現れたのだった。

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