58話 影の国の女王

 セタンタ少年を先頭に扉をくぐると、そこは市街地だった。しかしダンジョンのものとは異なり人がいる。


「女王スカサハが治める影の国へようこそ」


 そういうと芝居がかったしぐさで一礼した。背後からブバって音が聞こえてきたが気にしないことにした。


「ショタマッチョ……良いものです……がく」


 チコさんが幸せそうな表情で顔の半分を鮮血に染めていた。一応エイルがヒールをかけているから問題ないだろう。しなやかな筋肉はネコ科の猛獣を思わせる。力よりも速度に重きを置いた鍛錬が見て取れた。


 市街を歩く人々は俺たちが用いた世界と変わらず、セタンタ少年に対してあいさつをしている。そしてなぜかうちの両親もそこになじんでいた。




「おう、修業は順調かい?」


「いやー、ちょっとトラブルがあってね、中断してきたんだよ」


「って女王様のかけた術がトラブル? おいおい、女王様に匹敵する力で外部から干渉しないと無理だぜ?」


「ま、たまにはそんなこともあるって」


「かもしれんなあ」


 すれ違った町の住民と世間話をしている我が父上。というかだ、俺が十歳になるかならんかのうちに行方不明になっていたから、今じゃ外見上の年齢差はほとんどない。少し年の離れた兄弟といっても通じるだろう。




「うふ、うふふふふ、にゅふふふふふふーー!」


 母さんが壊れていた。エイルを抱きしめて離さない。


「うゆー、おばーちゃん、ちょっと苦しいよ?」


「あらーごめんねー。こんなもんでいいかしら?」


「うん、おばーちゃん良い匂いするー。あはー」


「エイルちゃん。なんて可愛いの! けどね、おばあちゃん呼びはやめてくれないかしら?」


「えー、でもぱぱのままなんだよね?」


「レナおねえちゃんって呼んでくれる?」


「あーい。わかったー!」


 そうしてにゅふふうふふと笑みを浮かべつつエイルにほおずりをしている我が母。というかナージャのあの笑い方ってうちの母がオリジナルだったのか。




「アレクよ。いいものだ。愛する家族が笑っている姿ってのはな」


「だね」




 と頷きあう俺たちの後ろで外野が要らんことを言っていた。


「なあ、姐さん。なんつーかあいつらって変わってるよな」


「んー、そうねえ。ところで、広背筋撫でてもいい?」


「……あんたに声をかけた俺が間違っていたってぬお!?」


 チコさんが目に元まわぬ動きでセタンタ少年の背後をとり、すーっりすーりとその背中を撫でまわしている。


「なんというか、あれじゃ。婿殿のご両親もなんというか、婿殿の血族、じゃのう」


「いい家族でしょ?」


「ナージャを受け入れてくれている故な。我からはこれ以上言うことは無いぞ」


「息子の嫁に龍王って時点で、普通はまあ、ねえ」


「それに龍王といえど赤子の頃は無力じゃ」


 その一言に俺は思わずエイルを見る。


「あの子は特別、じゃな。龍王同士の子供とか前代未聞じゃ」


「そうなの?」


「我が妻も龍ではあったがな、そもそも龍王が子を成すというのも珍しいことではあった。それを嗅ぎつけられ、我は一度すべてを失った」


「お義父さん……」


「じゃがな。ナージャと再び巡り合えた。あの子が幸せに暮らすところを見ることができた。それだけで我がこの世に生を受けた意味があった。今ではそう思うとるよ」


「まだまだ長生きしてください。エイルも喜びます」


「ふん、龍王に寿命はない!」


「そう、ですね。だいじょうぶ。家族は俺が守ります」


「お主がその気になれば世界すら手にできようが」


「興味ありません」


「ふむ、なればよい。守るべきものを間違うでないぞ? 我のように、な」


「肝に銘じます」




 などと話しあっていると、宮殿にたどり着いた。


「ようこそ。影の国の宮殿へ。歓迎いたします」


 再びセタンタ少年が儀礼に乗っ取って挨拶をするが、広背筋にへばりついているチコさんの精背なんかいろいろと台無しだった。




 衛兵に挨拶をするとセタンタ少年は宮殿の中に足を踏み入れた。顔なじみであるようで、軽く手を上げただけで顔パスのようだった。


「んじゃ師匠のとこに案内するぜ」


「ああ、頼む」


 そのまま廊下を歩く。一応だがナージャが周囲の警戒をしてくれている。というか、俺たちが本気で暴れ出したら止めることはできないんだろう。よほどの強者か対龍特化の武具でもない限り、な。




「アレク、周囲には敵意を持った存在はいない。けどおかしい」


「ん?」


「女王? の気配があいまい」


「なんだって?」


「この先にたぶん玉座の間があるはず、なんだけど……」


「ふむ?」


 ナージャの言葉に応じて俺も周囲を探るが……魔力のかすかな気配は感じる。しかし、その気配はゼロにもなる。


「何なんだ……?」


「わからない。けど嫌な感じはしない」


「だな、敵意は無いようだ」


「エイル」


「はーい?」


「ごにょごにょ……」


「うんうん、わかったー」


 ちなみに、このごにょごにょは龍言語の圧縮話法、らしい。


 そうこうしているうちに玉座の間にたどり着いた。衛兵は槍を掲げるとそのまま道を開ける。




「ご苦労さん」


「「はっ!」」




「ずいぶん顔が利くんだな」


「ああ、一応女王……師匠の一番弟子ってことになってる」


「へえ。そういうことね」


「一応言っておくけど、俺も師匠にはひねられる。あんたの強さとどっちが上かは、正直わからん」


「というかだな、なんか隠れてないか?」


「……またか」


 セタンタ少年の顔がげんなりしていた。




 その意味も分からないまま玉座の間の扉を開け放つと、そこには一見無人の空間がある。しかし、かすかな気配も感じた。


 そしてエイルがすっと前に出ると、声高に呪文を唱え始めた。




「闇に隠れしものよ、今その帳を解き放つ、安息の時は終焉を告げん……解呪ディスペル」


 エイルの呪文に応じて光が放たれると、玉座の間を照らし出す。そして、玉座の陰でマントをかぶってガクブルしている女性が映し出された。


「師匠! あんたまた引きこもってやがって!」


 セタンタ少年の怒号が宮殿に響き渡った。

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