24話 秘められた真実

 王子とヒルダ嬢は婚約したそうだ。もともとお互い幼いころから学友と言う立場で、家柄的にも門士分なしと言うことだった。


 ヒルダ嬢はグリフォンを乗りこなし、武勇にも優れる。さらに公爵領の一部を預かりその統治にも実績を上げていた。


 そのまま行けば女公爵となるのではないかとも言われているそうだ。


 で、一応彼女には兄がいる。これも優秀で、普通に公爵ならばつとまるだろうと言われているが、若干頭が固く、前例主義者であるという。


 大貴族なら普通かもしれないが、ここで、領内の一部とはいえ妹が前例を打破して成果を上げてしまったことによって、事態がややこしくなってしまった。




 先日のヒルダ嬢への襲撃は、どうも寄り子の一部が暴走したのではないかと言われている。


 さらに、かなりの腕利きを送り込んだにもかかわらず、すべて撃退され、捕らえられたものも出てしまったことで、騒ぎが表面化しかけた。と言うあたりで、現侯爵が騒ぎの収拾を図った。ヒルダの結婚相手を探しているとの情報を流したのだ。




「ヒルダよ、そろそろ潮時だな」


「くっ、仕方ありませんわね……」


「そなたは十分に才を示した。あとは婿の下でその才を発揮せよ」


「なれば、わたくしが納得する相手を探してくださいますか?」


「ふむ、シグルド殿下か?」


「……彼ならば確かに申し分ありません、ただ、新鮮味がありませんわね」


「ふん、であれば、そなたを救って王都に向かったかの若者か?」


「そう、ですわね。武力と言う点では申し分ありませんし、あれほどの力があれば必ずや何らかの騒動に巻き込まれましょう」


「そこでそなたが彼を助け取り込むか?」


「ええ。龍王の力を賜っていますからね。運命が放っておきませんでしょう」


「それはそれでよい。北に暗雲が迫っておる」


「帝国が……?」


「盟約は破られようとしておる。先ほどの魔物の襲来はその嚆矢であろうよ」


「ラードーン子爵も?」


「ほぼ間違いあるまい。故に先手を打つ」


「ロブハーをお借りしても?」


「ふふ、あれは儂よりそなたに懐いておるな。本来当主にしか乗ることは許されんのだが」


「最後のわがままですわ。どなたに嫁ごうとも、わたくしがあの子に乗ることは無くなりますし」


「いいだろう。この印綬を預ける。謀反人たるラードーン子爵を捕らえよ。場合によっては討っても構わぬ」


「はい!」




 そしてそのまま一路ティルの村に飛んできて、武力衝突のシーンを見て割り込んだが、若干タイミングが遅く……いろいろ滑ったというわけだな。


 と言うか再現劇はいらないと思う。一人二役の寸劇は見ていてなかなか面白くはあったけどな。


 そしてそれをなんというか、恋する乙女のような顔つきで見ているシグルド殿下。いろいろと大物だ。




 さて、ラードーン子爵は、爵位剥奪の上、敵国との内通他国内での騒乱や、いろいろな犯罪に手を染めていたということで、国外追放となった。北の森に叩きこまれたあたり、帝国への追放らしい。


 彼に従っていた者は、いろいろな末路となった。一部は強制労働として鉱山に送り込まれた。また一部は追放に同行させられた。




「さて、ここに来たのはほかでもない。アレクに話があったのでな」


「ええ、俺も聞きたいことがありまして、ねえ」


「はっはっは。すまんな。お主の武勇を恃んでのことではあるが、ちと性急に過ぎた」


「とりあえず、この騒動を収めるための名目ですよね?」


「いや? 出来たらそのまま務めてもらいたい。と言うのはだな……」


 なかなかに衝撃的な話だった。北の帝国が王国への侵攻を企んでいると。国境地帯の貴族を調略したり、騒動を起こしたりと言う謀略の一環であるとか、もう俺の頭にはいろいろと過負荷だった。




「いやいやいや、俺にそんな大役つとまりませんよ?」


「指揮官とか、軍人としての役割はそうであろうな。だがお主、村人とか言う割には頭は回る」


「おだてても何も出ませんよ?」


「……アクセル卿の行き先を知りたくはないか?」


「え? 何年か前に消息不明になったんでしょ? それを俺が知ってどうするんです?」


「ふう、言い方を変えようか。お主の祖父の行き先を知りたくはないか?」


「……どういうことですか?」


「多少は察しておるであろうが、お主の祖父はかの高名な龍騎士たるアクセル卿だ」


「……薄々とはわかっていました。けどね。そうするといろいろとややこしいことになるんです」


「ナージャ殿の父はニーズヘッグ様であったな。お主の祖父は妻の父の敵となるわけか」


 重苦しい雰囲気になる。とりあえず隣で話を聞いていたナージャが口を開いた。


「ねえ、アレク。わたし……気にしてないよ?」


「え?」


「お爺ちゃんは、お父様を止めてくれたの。心が苦しくて、治らなくて、暴れるしかできなかったお父様を、これ以上の罪を重ねないために」


「……知っているのか?」


「わたし、たまごの中で夢を見ていた。お母様が倒されたこと。お父様が悲しみで壊れて行くところ。全部見てた」


 ナージャの双眸からは透明な涙があふれる。その姿を見たヒルダ嬢がもらい泣きをして、ハンカチで鼻をかんでいた。いろいろ残念なお嬢様だ。


「そう、か。ありがとうな」


「いいの。お爺ちゃんと、それに何よりアレクは私にいろんなものをくれたから!」


 涙をこぼしつつ微笑むナージャはとても綺麗だった。俺はナージャを抱きしめ少しにじんだ涙をごまかした。




「ん! んん! そろそろいいか?」


「あ、え? ああ、そうでした」


 ナージャがぱっと俺から離れて俺の後ろに隠れた。


「アクセル卿はな、ニーズヘッグの心臓を封じに行ったのだ」


「それは、どこに?」


「世界珠ユグドラシルの根元だ。普通に人の身では10年かかってもたどり着けぬ。フレースヴェルグ様の眷属が付き従っているはずだ」


「なるほど。帰れないかもしれないから、変な期待を持たせないためにあんなことを言ったんですね」


「……それだけではない。封印の術式には……術者の命がいる。アクセル卿はフレースヴェルグ様の力を授かり、さらにニーズヘッグ様の血を浴びた。二人の龍王の力を持っているわけだ」


「……」


「龍の心臓は無尽の魔力を生み出す触媒にもなり、さらには龍の血を作り出す。それを封印する場所を選ばねば、特に恨みに染まった龍の器官は周囲を汚染する」


「それで世界樹のふもとに?」


「である。封印の方法は、その器官を取り込み、自分ごと地に埋め封印するという方法だ」


「それじゃ……?!」


「察したか。死ぬこともなく永遠にその怨嗟に耐えることとなる。あの時はそうするしかないと思い送り出したそうだ。だがな、お主の存在がこの前提を覆す」


「龍の眼を取り込んでいるから、ですか?」


「そうだ。ちなみに、傷ついた右目はそこなナージャ殿が受け継いでいるとアクセル卿の手紙には書かれていた」


 ナージャは静かに頷いた。傷ついた眼であるから大した魔力はないと聞いたことがある。


「封印が済んだら、何が起きますか?」


「わからぬ。ただ、お主のそばにいるニーズヘッグ様の思念は消え去るだろう」


「そこまで見えるのですか?」


「ミドガルズオルムの血を曲がりなりにも引いておるでな」


「なぜそのことを俺に話したんです?」


「おそらくだが……帝国が狙っているからだ。アクセル卿の旅路は今苦境に陥っている。帝国の手のものに阻まれているのだろう」


「なら……!」


「お主には重荷を背負わせることになるが……」


「いえ、ありがとうございます。というか、俺も爺ちゃんと同じということ、ですね?」


「ああ、フレースヴェルグ様の力とニーズヘッグ様の力の両方を受けていることとなる」


 そして旅立ちを決意した俺にナージャが告げた言葉は場を揺るがせた。




「あ、そうだ。わたし赤ちゃんできたから」


 俺は文字通り飛び上がった。

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