23話 タイミングを外すとこの上もなく恥ずかしいことになる

「そこまでですわ!」


 白銀の鎧をまとい、豪奢な金髪をなびかせた美少女がレイピアをすらっと引き抜いて天に掲げる。


 吟遊詩人の歌う叙事詩サーガの一節のような光景に、みな目を奪われた。




「この戦、レンオアム侯爵家息女、このヒルダが預かります!」


 きっぱりと宣言した。なぜか周囲からはまばらに拍手が巻き起こる。




「それで、ラードーン子爵はいずこに?」


 くいっと小首をかしげて聞いてくるあたりあざとい。ぶはっと鼻から血を噴きながら倒れる冒険者が出ていた。


 そこで目が合う。


「あ、アレク様。この騒ぎの首魁たるラードーン子爵はどこへ?」


「え、ええ。そこに」


 そう、件の子爵はガッツリとヒルダ嬢の足の下にいた。


「へ? うひゃあ!? あわわ……」


 驚いた表紙に、ガツっと地面というか、子爵の身体の上で足踏みをする。あー、あのグリーブ、かかとに鉄板入ってるやつだ……。




 輝かんばかりの美貌にすっと赤みがさす。地面にぶっ倒れている子爵に向けてレイピアを突きつけ、高らかに宣言した。


「ラードーン子爵カール! レンオアム侯爵家の名において貴方を拘束しますわ! 神妙にしなさい!」


 当然のように子爵はピクリとも動かない。フルボッコになった挙句、上空から急降下してきたグリフォンから飛び降りたお嬢様に踏みしめられたのだ。


 さらに、実質的に指揮を執っていた騎士へーレースは真っ先に弓矢で地面に縫い付けられていた。


 要するに、指揮官となるべき人間がすでに戦闘不能であり、これから降伏勧告をしようという段階だったのである。


「え、えと……うー……神妙になさーーーーーい!」


 耳まで真っ赤にして叫ぶお嬢様。胸元のメロンがプルプルしている。冒険者の皆さんの目線はもはやそこに釘付けで、一部の女性冒険者はそんな連中をゴミでも見るような目線で眺めているのだった。




 とりあえず兵たちは武装解除を行い、即席で作った柵の中に隔離した。ぴくぴくしていた子爵も命に別状なしと診断され、簀巻きにされて物置に放り込まれた。


 隔離された傭兵の中に近隣で悪さをしていた野盗がそこに混じっていたことが判明し、子爵の罪状に加わった。




「とりあえず、司法取引で、騎士へーレースがペラペラと話してくれたわ。これだけの内容ならば、爵位剥奪の上、国外追放ね」


「なるほど」


「一応、うちも関係者になるわけで、子爵領は王国に没収となりました。事実上、侯爵家の力がそがれた形になりますわ」


「うーん、大変ですね」


「そうなのですわ。だからアレク様、貴方が当家に入ってくださればこの失った分を補って余りあるのですが? いかが?」


 そうしてなぜか胸元を強調したポーズでぐいっと迫ってくる。


「一応聞きますが、その侯爵家に入るという言葉の意味は?」


 隣にいるナージャが俺の手をぎゅっと握ってくる。


「どのような形をお望みですか? そうですわね。わたくしのおっ「すいませんが俺には妻がいます」……つれないですわね」


 憮然とした表情をしている。しかし、これだけは譲れない。ナージャは俺の腕にしがみついてきた。




「別にわたくしを正妻にしろとは言いませんわ。ナージャさんを正妻で、わたくしは第二夫人でもいいのですわよ?」


 そう言いつつ下から胸を持ち上げ、ゆさっと揺らす。背後にいた冒険者がごくりとつばを飲み込んだ。


 ナージャは当ててきた。




「まず初めに申し上げた通りですが、俺の妻はナージャだけです」


「愛人でm「申し訳ございません」……お堅いですわねえ」


 きっぱりと断ったところ、何か愉快そうに笑っている。隣のナージャはぽわーっとなっている。可愛い。


「侯爵家に連なれば、衣食に困りませんし、生涯安泰ですわよ?」


「そうですね。けど、俺の望みはナージャと静かに暮らすことです。だから侯爵家への士官もお断りさせていただきます」


 はっきりと告げた。何か言われるかと身構えるが、雰囲気は緩い。ナージャは俺の手をぎゅっと握っている。


「ふう、しかたありませんわね。もともとわたくしの方が恩のある身ですしねえ」


「しかし、今回の騒動への御助力は、俺個人としてはありがたく思っております」


「え! それでは!」


 なぜかいそいそと胸元のスカーフを引き抜くヒルダ嬢。


「何をしているんですか?」


 思わずジト目で問いかける。


「いえ、ほら、貴方を夫にできないならせめて子供でもと……」


「俺が子供を産んでもらいたい相手はナージャだけです!」


 横でナージャが身もだえていた。「赤ちゃん、アレクの赤ちゃん。ふわあああああああ!」


「もう、いけず……」


「なので、そうですね。個人的にヒルダさんと友誼を結ばせていただきたいがいかがですか?」


「……といいますと?」


「友人として、何かあったら力になりますという意味です」


「それで、いいのですか?」


「そうですね、あとは、シグルド殿下からいろいろと引っ張りますよ」


「ふふ、欲のない方ですわねえ」


「もうほしくて仕方ないものは手に入ってますからね。これ以上何を望むんですか?」


「はあ、仕方ありませんわね。最後の賭けもわたくしの負けですわ」


 なぜか晴れ晴れとした顔でヒルダ嬢は微笑んでいる。


「賭け? 一体それはどういう……?」


「貴方のお友達のシグルド殿下との賭けですわ」


 お友達? 俺と殿下が? 身分違いにもほどがあるだろ!?


「少なくとも彼はそう思っておりませんわよ?」


「はあ、それはわかりましたが……」


 なにやら嫌な予感がひしひしとする。と言うあたりで、外から呼ばれた。


「アレク、大変だ! ワイバーンが現れた!」


 マークが顔色を変えて飛び込んでくる。


「なんだと!?」




「クエエエエエエエエエ!!」


 ワイバーンの鳴き声が聞こえる。慌てて外に出ると、そこにはイイ顔をしたシグルド殿下と、槍を携え、仏頂面のシリウス卿がいた。


「おう、我が友アレクよ。無事反乱の鎮圧に成功したようで何より!」


 笑顔でバシバシと俺の肩を叩く。王族の顔を見たことがある者は普通そんなに多くない。ただ、シグルド殿下はよくお忍びで王都に繰り出しており、ばれるまでは王都のギルドに所属して冒険者家業をこっそりとやっていたという変わり者だった。後日ゴンザレスさんに聞いた話だ。




「まあ、シグルド! あなたまで!」


 ヒルダ嬢が殿下を呼び捨てにしている。いいのか? と思っていると、殿下はこれまたいい笑顔でヒルダ嬢の腰を抱き寄せた。


「お前が俺をそう呼ぶということは、賭けは俺の勝ちのようだな?」


「……そう、ですわね。わたくしのもてる全てを差し出しましたが見向きもされませんでしたわ」


「の割には一切悔しそうじゃないな?」


「ええ、アレク様はわたくしを友と呼んでくださいました。それはある意味妻となるよりも大きな結果ですわね」




 なにやらすごく顔が近い状態で平然と話す二人に周囲はポカーンとしている。


 シリウス卿が苦虫を嚙み潰したような顔で咳払いをするまで、周囲の人間は砂糖をぶちまけたような雰囲気に耐える羽目になるのだった。

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