22話 悪あがきの結末
騎士へーレース視点
「なんだと! まことか!?」
ラードーン子爵は私からの報告を受けあからさまに取り乱していた。
「はっ、私が見る限りは本物かと」
「書簡はどこにある? 持ち帰っておらぬのか?」
「子爵様が出向かぬ限り、お渡しすることはできないと……」
「くっ、この無能者が!」
口元に泡を噴きながら激高する。しかし、こればかりはどうしようもない。そもそも切り札を相手にやすやすと渡すような阿呆なら苦労しない。
本来ならば、無力な村人たちは震えながら沙汰を待っている、はずだったのだ。少なくとも子爵の頭の中では。しかし、見た目は本物の王族の紋章が入った書簡が、逆に子爵を追い詰めている。
「一体どんな手を使ったのだ……。まさか空でも飛んだとかか? ありえん!」
激高する子爵はわめきながら周囲の者に当たり散らしている。私は当面の嵐が去るのをひたすら耐え忍ぶのであった。
「夜討ちをかけるのじゃ! あのような謀反人どもが住まう村など焼き払ってしまえ!」
赤くなったり青くなったりと忙しく顔色を変えていた子爵は、喜色満面の顔で言い放った。
外部に今回の所業が漏れているのであれば、寄り親に偽りの援助要請をしたことも含め、領民に無体を働いたなどの罪状がつまびらかになる。
いきなり爵位剥奪まではいかないと思うが、これまでにも子爵は悪事を働いてきた。場合によっては、と言うところで、要するに死人に口なしであろう。
正規に仕官している騎士とは別に、冒険者崩れの傭兵を雇っているのもそのためだ。いつでも切れるトカゲのしっぽと言うわけだ。
そして私自身もそのおこぼれを預かっていたため、子爵が罪に問われるようなことがあれば私にもその塁は及ぶ。
私は矢継ぎ早に部下と冒険者崩れの傭兵たちに指示を出し始めるのだった。
ティルの村 払暁
「……来ましたね。隠す意図もないようですな」
冒険者の一人が櫓の上で街道を北上してくるたいまつを数えながらつぶやいた。
「手はず通りに行くぞ。あっちはこちらをただの村人と舐めている。門に取りついたあたりで、後ろから襲撃をかける」
ゴンザレスさんは声を潜めつつ周囲の冒険者に指示を出していた。
俺は、ジーク爺さんと共に、村長の館で待機だった。
その日の夕方の打ち合わせで、村人と冒険者たちには王家の紋章の入った書簡を明らかにし、俺がこの村の代官、すなわち村長的な存在になったことを知らしめた。
俺に命を救われたと感じていた村人たちはこれにうなずき、冒険者たちも俺がゴブリンの群れを薙ぎ払ったことを理解している。
「アレク、いや、代官様。おめえ……いや、貴方はこちらの旗頭だ。だからやすやすと前に出てはいけねえ」
「そうですぞ。大将はデーンと後ろから部下の働きを見守る者です」
いや、俺さっきまでただの村人だったんですが……。
「王太子殿下の命令です」
「そうだ。それにだ。おめえをきっちり守り抜けば俺たちにも褒美があるかもしれねえ」
この一言に村人や冒険者たちが色めき立つ。ええ、わかりましたよ。ちゃんとシグルド殿下に報告しますから、血走った視線を向けないでお願いします。
「ってことで、村の自警団の指揮は、ジーク殿。俺は副官ってことでよろしくな!」
ゴンザレスさんの宣言に村人と冒険者のテンションが上がる。
「あ、これ、ギルドからのお達しです。緊急クエストとしてティルの村を狙う「野盗」から防衛しろってなりました」
マークがギルドの紋章が入った書面を掲げて宣言する。そういえばこいつギルドに所属して、冒険者になったらしい。肩書だけではあるけど。
ゴンザレスさんの根回しで、ティルの村には簡易出張所が設けられた。そして、ギルド施設がある村や町は、ギルドの権限で防衛クエストが発令されることがある。
ちなみに、ギルド関連の施設には伝心珠が置かれていることを最近知った。
「というわけで、王家とギルドが後ろ盾だ。おめえら、やってやるぞ!!」
ゴンザレスさんの煽りに、みんなの士気は最高潮だ。
「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
カシムすら右手を突き上げている。無表情だと思ったが若干顔が紅潮し、彼もテンションが上がっているんだなーと半ば現実逃避しながら思うのだった。
たいまつを持った軍勢は村の門の前で横陣を組む。その動きはよどみなく、それなりに訓練されている兵士のようだった。
兵たちの前に鎖帷子を着こんだ騎士が立ち、身振りで指示を出す。手を垂直に掲げると兵たちは弓に矢ををつがえ、手が振り下ろされるのと同時に放たれる……はずだった。
櫓の上から放たれた矢は騎士の振り上げた腕を貫く。
「ぐあああああああ!」
悲鳴を上げる騎士と、反撃を受けたことで兵たちが混乱し始める。
「焦熱の光、紅蓮の輝きよ わが手に集いて火球となれ……ファイヤーボール!」
敵兵のど真ん中にマークが呪文を叩き込んだ。
といっても、貴族の正規兵だから、魔法防御はある程度高い。この一発で倒せるとも思っていない。
それに、正当防衛とはいえ貴族の私兵を殺してしまうと、後々面倒なことになる。とジーク爺さんが言っていた。
だから、カシムの腕なら、相手の腕じゃなくて顔面を射抜くこともできたのに敢えてそれをやらなかったわけだ。
冒険者たちが左右から敵兵を押し包む。手に持つのはこん棒だ。弓を持って右往左往する兵をぼかすかと殴りつけ、無力化していく。
ふと気づくと、指揮官であった騎士は倒れたところに両足を矢で地面に縫い付けられていた。暗闇の中鎧の隙間を貫くカシムの技量には正直寒気がする。
そうこうしているうちに援軍がやってきた。暗闇の中でもキンキラキンの武装はよく目立つ。
ただ兵に指示を下すというよりは、わめいているだけで、何の意味もなしていないあたりはどうなんだろう?
戦いはこちらが優勢に進んだ。そしてついにしびれを切らしたのか、子爵が剣を抜き、こちらに突進してくる。
「うおおおおおおおああああああああああああ!!!」
意外にも子爵は強かった。何人かがこん棒を断ち切られ、子爵の前から逃げている。ゴンザレスさんがこん棒を投げ捨て、剣を抜いて斬りあっている。
「ぬりゃああああああああ!!」「ぐぬらばあああああああああ!!」
ガキンバキンと剣をぶつけ合う音が響く。と言っても子爵はなんというかお座敷剣法で、型を綺麗になぞった攻撃を繰り出すが、逆に言えばそれ以外の攻撃がない。
しばらく打ち合うと、ゴンザレスさんが優勢になり、ついには子爵の手の甲に刃が食い込んだ。
「ぎえええええええええええええ!!!」
斬られた手の甲を押さえてのたうち回る。冒険者たちが一斉にこん棒を振り下ろし、殺さない程度にコテンパンにしていた。決着がついた、と言うあたりで唐突に事態が動いた。上空からグリフォンが急降下してきたのである。
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