25話 喜びと葛藤と
「やったああああああああああああああああああ!!!!」
俺はナージャを抱きかかえた。ヒルダ嬢が口元を押さえながら叫ぶ。
「素晴らしいですわああああああ!」
「アレク、おめでとう!」
ゴンザレスさんがバシバシと俺の肩を叩く。ナージャのおめでた宣言、その瞬間から村はお祭りモードになっていた。
「うわはははははははははは!!!」
大口を開けてシグルド殿下が笑っている。ジーク爺さんが殿下の盃に酒をそそぐ。そしてなぜか肩を組んでゲラゲラと笑っている。
その姿を見てシリウス卿がため息を吐いていた。
子供がお腹にいるからと言うことで、酒を禁じられて少し寂し気なナージャ。パクパクと料理を口に運んでご満悦だ。
そして、なんか見てはいけないような光景が繰り広げられていた。
グリフォンのロブハーが、その大きさが1割にも満たないフェイの前でぺたーんと腹ばいになっている。
フェイがぺちっと鼻面を叩くと、翼を器用に折りたたんであおむけになった。
その姿を見てナージャがうんうんと頷いている。
「あれって、服従のポーズ?」
「そだねえ。龍王ほどじゃないにしても、フェイも龍の端くれだからねえ」
「え!?」
「冒険者ギルドの討伐ランクに当てはめたらSだよね」
「それ、災害レベルの強大なモンスターだよ?」
「フェイが本気で風を操ったら、この村はすぐに更地だね。アレクがいるから間違ってもそんなことしないだろうけど」
「……グリフォンもランクAなんだけどなあ。フェイの方が強いのか……」
「見た目だけじゃ判断できないのはアレクも同じでしょ?」
「それを言われると……」
そこで少し会話が止まる。お互い無言で向き合った。
「アレクはどうしたいの?」
「え?」
「お爺ちゃんに会いに行きたいよね?」
「ああ……けどね、ナージャをほったらかして爺ちゃんに会いに行ったら、多分ゲンコツが飛んでくるな」
「あはは、お爺ちゃんそういう時は厳しかったからねえ」
「そうだなあ。俺が当番を忘れて遊んでた時、ゴツンとやられた。あれは痛かったなあ」
なんだろう。今日はいろんなことがあった。いろいろとありすぎた。爺ちゃんが生きてるって知ったこと。ナージャと俺に子供ができたこと。
涙があふれてくる。爺ちゃんが出て行って、両親は病に倒れた。俺のそばにいてくれるのはナージャだけだった。
けど今は、俺を友と呼んでくれる人がいる。力を貸してくれる仲間がいる。そして子供ができた。
「あれ、おかしいな。嬉しいのに、幸せなのに、なんで泣けてくるんだろ?」
「そうだね。おかしいね……あははは」
ナージャも涙を流している。ああ、幸せなときにも泣けて来るもんなんだなって初めて知った。
「で、話を元に戻すけど、お爺ちゃんを探しに行くんだよね?」
「ああ、けど、それは……」
「大丈夫、わたしも行くから」
「え!?」
「何とかするよ。それにね、この子も大丈夫だよ」
お腹に手を当ててほほ笑むナージャは、これまでと違った表情で笑っていた。ゆったりとした、優しい笑顔だった。
「よいか?」
そこにシグルド殿下がヒルダ嬢を伴ってやってきた。……なんか微妙に服装が着崩れているのは気のせいだと思っておこう。
背後にはシリウス卿が影のように控えている。というか、レンオアム侯爵家の家臣たちもたどり着いていた。
この宴会の食料は彼らが持ち込んできたものが多い。ヒルダ嬢が先行した後、場合によっては数日かけて敵兵を撃破するつもりだったとかなんとか。
それを村人と冒険者の連携で子爵本人をとっ捕まえた直後に乱入してくるという、ある意味一番おいしいタイミングだった。
村人や冒険者たちはヒルダ嬢のファンになった者も少なくない。本気で侯爵家に仕官しようとたくらんでいる者も居るとかいないとか?
「アクセル殿の意場所だがな。ちと遠い」
「ユグドラシルってどこにあるんです?」
「ユグドラシルにたどり着くには迷いの森を抜けねばならん。そこには古代エルフの集落がある」
「彼らは龍をどのように?」
「自然災害の一種程度には思っているらしいぞ。ただ、力あるものには相応の敬意と畏怖を払うそうだ」
「なるほど」
「でな、ユグドラシルの葉や枝は、力ある武具であったり薬の材料となる。エルフたちはそれを乱用されることを防いでいるわけだ」
「そうなんですね」
「ああ、前置きが長くなったが、帝国が森のそばに砦を築いているそうだ」
「それは!?」
「森への侵攻を始めている」
「と言うことは……爺ちゃんまさか最前線で戦ってないよ、なあ?」
「ふふ、予想通りだと言ったら?」
「ちょっと! それ色々まずい」
「フレースヴェルグ様の血を浴びたとはいえ、その加護も龍殺しの武器によってかき消される」
「けど爺ちゃんは人並み外れた腕前だし」
「ああ、そうだな。だからエルフたちと協力して防戦はしている。だが状況はそこまでよくはないんだ」
俺は歯噛みをする。爺ちゃんを助ける力が備わったはずなのに、その力はしがらみにからめとられている。俺にはナージャを置いて行くという選択肢はない。
どうすればいいのかわからなかった。
「大丈夫だよ。何とかなるなる」
よくわからない語尾でナージャが励ましてくれようとしているのはわかった。
「何がどう大丈夫なの?」
「ふふ、そこは、まあ、明日のお楽しみ、かな?」
そうして夜はふけていき、俺とナージャも自宅のベッドで眠りについた。野ざらしで酔いつぶれてる人たちもいるけど、ま、大丈夫でしょ。たぶん。
そして翌朝目覚めると……ひと仕事終わったとばかりにいい笑顔をしているナージャと、人の頭くらいのサイズの卵がでーんとベッドの上に鎮座していた。
「なんじゃこりゃあああああああああああああああ!!!」
早朝の村に俺の絶叫が響き渡ったのだった。
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