61話 新たなる王

「りざれくしょーーーん!」


 俺のリクエストにわざと棒読みで呪文を発動させるエイル。良い子だ。


 こてんと首をかしげて悶絶するニーズヘッグを見ている。


「婿殿、これは……いいものだ!」


「でしょう? 我が娘ながら、いや我が娘だからこそ」


「うむ、我が孫ゆえに」


「「かわいい!」」


 電光石火のハリセンが唸り、俺とニーズヘッグの後頭部をシバキ倒す。


「いい加減にしなさい!」 


 チコさんがぷんすかしている。なぜだ!?




 エイルの回復魔法でセタンタ少年とオイフェの傷が癒えていく。何が恐ろしいって、消耗した魔力も回復してるんだよな。




「くっ! 殺せ!」


 目覚めて第一声がこれだ。本当に姉妹だなこいつら。


「ふむ、オイフェよ。我が軍門に下ったということでいいのか?」


「姉上、私はあなたには負けていないぞ?」


「だが我が弟子に敗れたではないか」


「男の色香で私を惑わすとはこの卑怯者!」


「勝手に惑わされておりて何を言うか!」


「そもそも姉上のことだ、馬鹿弟子とか言いつつも絶対に狙っていたに決まっておる!」


 狙っていたの一言にきょとんとするセタンタ少年。


「アレク殿。師匠たちの狙っているというのは……?」


「うん、君はまだ知らなくてもいいことだよ」


「そっか、師匠にはずっと影の国で暮らさないかって言われてたんだよな」


 その一言に俺は頭痛を覚えた。


「そうか、それも含めお前の好きにしたらいい。修行を修めるまではここにいるんだろう?」


「そうだな。けど、早めに故郷に帰らないと。エメルを待たせてるからな」


「その、エメルさんってのは?」


「婚約者だよ。俺が武術とルーンを修めて帰ったら結婚するんだ!」




 その「婚約者」の一言に姉妹は完ぺきにシンクロした動きを見せてこちらを振り向いた。


「馬鹿弟子に嫁だと? はっ、十年早いわ!」


「そうよ! 変な女に騙される前に私が!」


「いや、その役割は師匠たるあたしがだな!」


「黙れ年増!」


「そもそもあたしらは双子だろうが!」


「ぬあっ!?」


 うん、いろんな意味で双子だな。やることなすこと見事に鏡写しだ。


 利き手が違うのも相まって本当に鏡のようだった。


 お互いに、ごくわずかに残った理性があったのか素手で殴り合いを始める女王二人。彼女らが本気で武器を振るえば巻き添えになる者も出るだろう。


 それでも魔力を帯びた肉弾戦が始まり、ナージャがサクッと結界を張って閉じ込めた。




「アレク殿。俺に稽古をつけてくれねえか?」


「そりゃ構わんが、いきなりどうした?」


「オイフェとの戦いで何かがつかめそうだったんだ!」


「ふむ、んじゃ少し手合わせしてみるか」


「ありがてえ!」




 満面の笑みを浮かべて槍を突き出してくる。なんというか、戦闘狂っているんだなあ。などと緊張感のないことを考えつつ、連続攻撃をさばく。


 確かに攻撃に幅が出ている。刺突にしてもリズムを変えたりフェイントが入ったり、スイングが入ったり石突を使ったりと、縦横無尽と呼ぶにふさわしい。




「ほほう、なかなかやるな!」


 のんきにニーズヘッグがコメントしている。


「生きた槍術の教科書だな」


「そうねあなた。あの子も強くなって……」


 うちの両親のコメントだが、「あの子」の差す相手は間違いなく俺じゃない。なかなかに薄情な親である。


 実際問題として、さらに強さを増したセタンタ少年の更なる高みにいるのだから感動のしようもないといったところか。


 そして、武装解除されたオイフェの手勢もかたずをのんでこちらの手合わせを見ている。というか、お前らの主君が今まさにスカサハと睨み合っているんだが、いいのか?




「ふはははははははは! すげえ! 体が勝手に動くみてーだ!」


 大笑いしながら当たればただでは済まない攻撃を雨あられと降らせる。フェイントの突きに大きく魔力をまとわせ、本命の突きには魔力を絞り込み目立たないようにする。


 魔力の込め方にもメリハリがついてやがる。じつに器用なやつだ。そして、この時点でセタンタ少年の技量は、師匠に匹敵する高みにまで登っていた。




「じゃあ、これでどうだ。アンスズ!」


 本来指先にまとわせた魔力で描くルーンの文様を槍の穂先で描く離れ業を披露してきた。アンスズとは火をおこすルーンだ。火炎が来ると警戒していたら、一瞬で燃え尽きる明るい炎で目くらましをしてきた。


「なにっ!?」


「っしゃあ! もらった! 貫け! ゲイボルクよ!」


 視界を奪われつつも魔力の気配だけを頼りに迎撃する。剣に衝撃が走り、槍の穂先を弾いた。そして何か嫌な気配を感じ、後ろに飛びのく。


「ちっ、やっぱ見抜かれたか」


 俺がはじいた槍の穂先は、セタンタが持っていた剣だった。魔力をまとわせて投げつけたわけだ。そして、本命の槍先は魔力を極限まで絞り込んでいた。ルーンで放った火炎の残滓が魔力をまき散らす。


 視界を奪い魔力探知を騙す二段構えの搦手だった。


「へっ、今日はここまでだ。しかしいつかあんたの高みまでたどり着いて見せる!」


 そう勝手に宣言すると槍を足元に放ってへたり込んだ。




「おお、真正面から突撃しかできなかったセタンタ殿が……」


「成長している……」


「なんと見事な武勇……」


「わかるか!」


「うむ、いい男を見るとふらふらついて行くうちの女王とかどうなんだ……」


「ああ、そうだよなあ……」


 なんか両軍の兵たちがセタンタの武勇を見て感動している。


 そしてへたり込んでいるセタンタの前に整列し始めた。




「ん? なんだおめえら?」


「セタンタ殿!」


「お、おう、コンラだっけ? どうしたよ?」


「我ら一同貴殿に頼みがあります!」


「はっ、水くせえ。何でも言ってみな」


 うん、フラグ通りなら君のセリフはとても軽はずみだよセタンタ君。


「我らの王となっていただきたい!」


「任せとけ! ……って、え?」


 時すでに遅し、兵たちは新たな王を戴いたと大盛り上がりである。そして背後ではスカサハとオイフェが見事なクロスカウンターでダブルノックアウトしていた。

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