60話 命がけの一撃

「なっ!?」


 オイフェの周辺にいた戦士たちが俺の横薙ぎ一閃でスパーンと吹っ飛ばされた。


 さすがに当の本人は攻撃を防いでいたが、ナージャの魔力弾の乱射を受け止めた後であり、余裕はすでにない。


 詰んだことを理解して歯噛みするが、知ったことじゃない。一気に制圧しようとしていたら……なぜかセタンタ少年が割り込んで来た。


「フェルグスのカタキ!」


「ふぇ!?」


 うん、なんか少女のような声を上げている。顔が紅潮しているが、なぜだろうか?




「うりゃああああああああ!」


 鋭い刺突を繰り出す。オイフェ自身も手にした槍でその刺突を受け止めている。槍術の腕はオイフェの方が上か。ただ、セタンタ少年は勢いに乗っている。これが意外に馬鹿にできないもので、実力が近い者同士ならば勝敗の天秤を傾けることもままある。


「くっ! 舐めるな!」


 神技とも言えるほどの無数の突きを力を込めた一閃で弾き散らす。刹那の溜めであれほどの威力だ。スカサハと実力が伯仲しているというのもうなずける。


 というか、勇んで突進してきたがただの露払い役になってしまった。まあ、当事者同士だからこれでいいかと思いなおす。




「はあああああああああああああ!!」


 セタンタ少年は実力差を気迫で跳ね返すかのように跳ね返されてもめげることなく突撃を繰り返す。オイフェの方は少し様子がおかしい。実力差は歴然としていて、それこそ致命の一撃を入れる機会はあった。ただ、捨て身の勢いを警戒しているのかと思えばそうでもなさそうだ。


 ぎりぎりよりさらに半歩踏み込んで、槍先が体をかすめるのもいとわず、その半歩分で相手に槍先を届かせようとする執念だ。


 その実力差は戦っている本人が一番理解しているのか、悔しそうに表情をゆがめて、血を吐くような勢いで叫んだ。


「くっ、俺をなぶるか?」


「ち、ちが……くっ!」


 何かを言おうとして、言えずに口をつぐむ。そんな感じであった。オイフェの槍先は鋭さを失い、徐々に押し込まれる。


 怒りに燃え、スカサハ少年の槍先は更に鋭さを増す。もともとの実力差はそこまで大きくはない。紙一重よりやや厚いくらいだ。


 そして、戦いのさなかでさらに成長していく天賦の才が大きく開き始めた。


「うりゃあああああああああああああ!!」


 もはや獣じみた雄たけびを上げ縦横無尽に槍を振るう。突きだけでなく、薙ぎ払い、石突も駆使して変幻自在の技を見せる。


「くっ! なんの! ……ちっ!」


 互いに薙ぎ払いの一閃を打合わせ、大きく後方に飛びのいた。


「……子供だと思っておれば、図に乗るではない!」


「舐めてんのはそっちだ。ゲイボルクを授けられた意味を思い知らせてやる。てめえの心臓、もらい受ける!」


「もう奪われてるわ!」


「……は?」




 間の抜けた空気が周囲を漂う。いつの間にかスカサハが俺の横にいてぼそぼそと話し始めた。


「えーっと、オイフェの悪い癖ね。好みの男を見ると緊張して動きが鈍る」


「ほう、だからか。あの八百長じみた戦いは」


「ただ、あの馬鹿弟子も戦いながら成長してた。そろそろ手合わせしたら一本取られるかもね」


「そりゃ大したもんだ。純粋な武術では俺もあんたに勝てるとは思えないからなあ」


「大本の身体のスペックが違いすぎる。あなたに挑むのは神に挑むのと同じだわ」


 そうぼやくとやれやれと肩をすくめる。


「世の中は広い。俺より強い奴もいるだろ」


「わたしの知る限りはいないと思う。伝説の龍王たちが束になってやっとじゃない?」


「その伝説のって?」


「ベフィモス、レヴィアタン、リンドブルムの三人ね」


「ああ、よく知ってる。そもそも彼らからもらった力だからな」


「……!」


 絶句しているスカサハを尻目に、戦いはついに最終局面に入っていた。




「訳の分からねえこと言ってるんじゃねえ! 魔槍ゲイボルクよ!」


 魔力を槍に注ぎ込んだ。その穂先が紅い輝きを放つ。


「くっ! あれほどの男、殺したくない……けど私が死ぬわけにいかない……ああっ! どうしたら!?」


「行くぜ!」


 そう叫ぶとセタンタ少年は突進するかと思いきや、大きく跳躍した。


「おお、馬鹿弟子が本気だ」


 のんきにつぶやく師匠ことスカサハ。


「どういうことだ?」


「ゲイボルクの本領は投擲なのさ。あなたには真正面から突撃したみたいだけど」


「ああ、魔力どころか命を削って注ぎ込んでいたな」


「あの……馬鹿弟子」


 ぼやきながらも口元は笑みを浮かべている。命がけの一撃を放つことができるのは武芸者の本懐とかなんとか言っていた。




「くたばりやがれええええええええええええ!」


 空中で一回転して槍を投げる。紅い輝きが閃き、一直線にスカサハに向けて飛来した。


「くっ! うらああああああああああああああああ!」


 雄たけびを上げ、槍先を飛来したゲイボルクに合わせて刺突を放つ。まさに神技と呼ぶにふさわしい一撃だった。飛んできた槍先にきっちり穂先を合わせて迎撃とかどんだけ。




「それ、あなたが言わない。同じようなことやったでしょう?」


「まあ、たしかに」


「投擲されたゲイボルクは狙った場所に向けて追跡してくる。かわして横から叩いても無駄」


「あー、ってことは真正面からの迎撃以外に手がないってことね?」


「そう。ま、あの馬鹿弟子はよくやった。あのオイフェに命がけの覚悟をさせたからね」


「ってことは?」


「死にはしないと思う」


「かたや全身全霊の一撃ですっからかん。もう片方は全力の迎撃でボロボロ、そんなところかね?」


「そんなとこ」




 凄まじい衝突音が響き、スカサハの槍が蒼い輝きを放つ。深紅の光と互角の輝きだ。


「くっ! なんてこと! あんな坊やがわたしと互角の一撃を放っているというの!?」


「はっ! ガキだと舐めてるからそういうことになるんだよ。次から気をを付けな」


「お、お、おおおおおおおおおおおおおおお! あああああああああああああ!!!」


 もはや魔力だけでは不足し、いつぞやのセタンタ少年のように生命力を削って魔力に換え、槍先に注ぎ込む。膨大な負荷によって血管が破裂し、噴きだした血がオイフェの身体を朱に染める。


 だがその命がけの一撃はゲイボルクの一撃をついに弾き返した。


「ふん、まあまあね」


 そう強がるとオイフェはばったりと倒れ伏した。


「っち、さすが師匠の妹だ。見てやがれ、次はきっちりぶっ倒す」


 こちらも負傷で朱に染まったままへたり込んだ。




「さて、あんた達。どうする? あんたらの女王様はそこで倒れてる。あたしとこの龍王様に敵対……する?」


 スカサハ槍先をオイフェの率いてきた軍勢に向け脅しをかける。彼らは即座に降伏し、武装解除に応じた。


 さすがは女王というべきか、なんだかんだで一番おいしいところをかっさらっていきやがった。

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