光の差す方へ

「うぬう……今日もダメだったか」


 ニーズヘッグを討ち、黒龍王戦争を終わらせた勇者アクセルは今日も頭を抱えていた。ニーズヘッグの希望である、彼の残した一粒種の卵がいかなる魔力をも受付けず、その心を閉ざしていた。


「龍であっても心が死ねば生まれ来ることはかなわん」

 卵が安置されている祠の壁を殴りつけ、アクセルは苦悩に満ちた声を上げる。

 彼の脳裏には心臓を屠龍の槍に貫かれ、死に瀕しつつも笑みを浮かべたニーズヘッグのことが思い出されていた。


 卵は孵ることなく数十年のときが過ぎた。その長さはアクセルの娘が成人し、結婚相手を連れてくるほどだった。


「お父様。お世話になりました」

「つってもお前らもティルの村に住むんだろう?」

「ええ」

「冒険者家業で稼いだんだろう? 王都にでも住めばいいじゃねえか」

「ええ、お父様と同じ理由です」

 アクセルの娘、レナはアクセルの実の娘ではない。戦災孤児を引き取っただけのことだ。あの戦争は王国に幾多の深い爪痕を刻んでいた。彼女のこともその一つに過ぎない。


「お前が気に病むこっちゃねえんだぞ」

「ふふ、そうですね。けどあの子のことを木に賭けているのはお父様と同じですよ」

 あの子というのはニーズヘッグの卵のことで、ある時、気まぐれにアクセルが卵の前に連れてきた。その時一度だけ、卵から反応があったのだ。

 後にも先にも卵がなにがしかの反応を示したのはその時だけだった。


「私が、何かの力になれるかもしれません。あの子は家族を奪われた。だから……家族っていいものだよって教えてあげられたらいいなって」

「おお、レナよ。お前は優しい子に育ったなあ」

「もう、泣かないの」

 

 そのやり取りにわずかに卵を包み込んでいた魔力が揺らいだ。

「ねえ、お父様。この子うちで一緒に暮らしましょう」

「うぬー。わしと婿殿がいれば大丈夫か。いいだろう」

「わあ、お父様。この子あたたかいのね」

「なにっ!?」

 卵はすべてを拒絶し、ひんやりと冷え切っていた。魔力が揺らぎ、その温かさを感じたことは今までなかったのだ。


 アクセルの家の居間に卵は安置された。レナによる防御結界とその夫による数々のトラップ。王都の宝物庫よりも守りは堅いと言わしめたその体制を見て、アクセルの親友であるジークがあきれていた。

「やり過ぎじゃないかねえ?」


「あなた! いま動いたわ!」

 時は流れて、レナのもとに新たな命が宿った。

「おお、婿殿!」

「お義父さん!」

 二人はガシっと手を取り合い涙をこぼす。


「なに? 泣いて、わらってる。わたしも……あたたかい」

 卵の中で幼い龍が温かさに触れ、凍てついた心を溶かし始めた。



 アクセルの夢の中、白い竜が現れる。

「アクセルよ。ニーズヘッグの卵は……」

「フレースヴェルグ様、一つ賭けに出てみたく思います」

「……ニーズヘッグの眼を使うか?」

「はい。彼の龍王は死の間際にて笑っておりました。親から子へとつなぐ想い。そこに賭けてみたく思います」

「いいだろう。されば彼の龍の子の寄る辺となるよう、我からもそなたの孫に祝福を授けよう」

 フレースヴェルグの残された一つの眼が輝いた。その光はレナの胎内の赤子に宿る。


「無辺の魂を授ける。その魂はすべてを受け入れ、身に宿すであろう」


 その一言で、アクセルは夢から覚める。


 それからほどなくして、レナは男の子を生んだ。そして、アクセルはその子にかける思いで一つの儀式を行う。


「ニーズヘッグよ。誇り高き黒の龍王よ。汝が力、借りるぞ」


 アクセルの身体から暗黒に染まった魔力が吹きあがる。その魔力を伸長に卵へと注ぎ込む。


「我が子よ。わが命を継ぐ者よ。世界は怖い場所などではない。そなたの幸せを我は願っている」

 ニーズヘッグの思念は怨念に満ちたものではなく、我が子に向けた無尽の愛情に満ちていた。


「アレク、我が孫よ。この龍の子と共にあり、その魂をもってその寄る辺となってくれ」

「アクセルよ、我が宿敵よ。そして……わが友よ。我と娘の寄る辺を与えてくれること、感謝に堪えぬ。龍はその恩讐を忘れぬ。その子が危地に陥ったとき、我が力を貸そうぞ」

 卵からあふれた魔力はアレクと呼ばれた赤子に吸収されていく。光が収まったとき、アレクの髪はニーズヘッグのような黒髪になっていた。


「おおっ!」

 卵に亀裂が入る。割れた隙間から中の龍の子の力があふれ出す。そこにはひとかけらの絶望もなく、ただ希望に満ち溢れているようだった。


「お父様……?」

「我が子よ。よくぞ生まれ出た。生きることは良いことばかりではない。しかし我が得た幸福と安らぎをお前も得ることを望んでおる」

「ニーズヘッグよ。わが友よ。この子がきちんと生きて行けるよう守っていくことを誓おう」

 こうして一人の龍の子は生を受けた。あたたかい光に導かれて。


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コミック版タイトル「無能認定で冒険者クビになったから地元に帰って結婚する~結婚相手が世界を滅ぼしかけた龍王の娘で俺の力が覚醒した~」


本日4/7発売です!よろしくお願いいたします!!

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