とある新婚家庭の一日

 アレクと結婚してひと月ほどが経った。今日は村に行商人が来る日だ。

「アレク、何かいるものあったかなあ?」

「そうだなあ。とりあえず、品ぞろえを見てからかな」

 などと相談しながら村の広場に向かう。アレクの左手はわたしの右手をしっかりと握っていた。そんなわたしたちを見て、村のおばさんたちが温かい笑みを向けてくる。そんな視線が少し恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。


「いらっしゃいませー!」

 あれ? いつものおじさんと一緒にきれいな女の人がいる。やわらかい笑みを浮かべてマークに商品の説明をしていた。

「なななななるほど!?」

 マークは真っ赤になっていて、彼の事を想っている女の子がほっぺを膨らませていた。

「いてっ!?」

 あ、足を踏んだ。彼女はツーンとそっぽを向いていてマークがなぜか真っ赤な顔をして慌てている。もう、さっさとくっつけばいいのに。


 そしてふと隣のアレクを見ると、彼はじーっとある一点を見ていた。そう、売り子のお姉さんの胸元だ。

 彼女の胸は……わたしより大きかった。ふと周りを見ると村の男性陣が彼女の胸元に釘付けだ。

 アレクも何となくポーッとした顔をしていた。その顔を見てしまったわたしは頭に血が上るのを感じ、その感情のままに叫んだ。

「アレクのバカーーーー!」

 アクセルおじいちゃんに教わった技。地面を踏みしめた力をそのまま体内に伝え、身体のひねりと全身のばねを使って打ち出す。

「ぐふあっ!?」

 わたしの掌はアレクの胴にめり込み、彼はどんがらがっしゃーんと音を立てて吹っ飛んでいった。

「……見事な寸勁じゃの」

 ジークおじいちゃんがポカーンとした表情でこっちを見ていた。

 なんとなく周囲の視線に耐えかねてわたしは駆け出した。


「うう、アレクのバカ。わたしだってまだおっきくなるもん……」

 村はずれの原っぱ。村の子供が集まって遊ぶところ。わたしとアレクも小さい頃はここでよく遊んでいた。

 冒険者ごっこでアレクはよくドラゴンの役をやっていた。お姫様をさらってしまう悪いドラゴン。そして、わたしはそのお姫様役。

 アレクは必死にわたしを取り返されまいと戦ってくれた。事前に取り決めたお約束もあったけど、そんなことも忘れて相手の子を泣かしてしまったこともあった。

「ふふっ」

 さっきまでのモヤモヤした気分がすーっと消えていった。そうだ、アレクはいつでもわたしのことを見てくれていた。アレクに謝らなきゃ!


「見つけた。いつもケンカした時はここだよな」

「ふぇ!?」

「いきなりなにすんだよ。びっくりしただろ!」

「だって……アレクが浮気した」

「はい!?」

「売り子のお姉さんの胸をじーっと見てたでしょ?」

「違う! 俺が見てたのは……ああもう。ほら!」

 アレクが懐から取り出したのは小さな包み。そこには紅い石をはめ込んだ木彫りのペンダントだった。

「ふぇ!?」

「ほら、俺たち結婚したけどさ、俺、ナージャになにかプレゼントとかしてなかっただろ?」

「う、うん」

 いけない、胸がドキドキする。顔が熱い。わたしたぶん真っ赤になってる。

「でさ、売り子のお姉さんがペンダントを着けてたんだよ」

「へ? ……ああああ!?」

「この石の色。ナージャの瞳と似た色だろ。ほんとはさ、レンオアムとかでもっときれいな色の宝石を付けた指輪とか買いたかったけど、俺の稼ぎじゃ……」

 なぜか途中からしょんぼりしだすアレク。ほかの人から見たら冴えないとか地味とか言われそうだけど、わたしの目にはキラキラ輝いて見えた。

「アレク、それ、着けてくれる?」

「あ、ああ」

 アレクはまるで壊れ物を扱うような手つきでわたしの首にペンダントをつけてくれた。

「どう? 似合うかな?」

「う、うん」

 わたしは自然に笑みを浮かべていた。嬉しくてしょうがない。そんなわたしの顔を見たアレクも真っ赤な顔でふにゃっとした笑みを浮かべていた。

「ふふふー、アレクはいつもわたしのことを考えているんだね」

「うん、俺、ナージャのことでいつも頭がいっぱいだ」

 まさかの一言にわたしの顔は再び茹で上がる。そんな二人を傾きかけた夕日が照らしていた。


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