王都の休日

王都の休日


「温泉に行くぞ!」

 シグルドが唐突に言い出したセリフに俺とナージャはきょとんとした。

「シグルド! あなたは時々言葉が足りませんわ」

「む、そうか?」

「そうですわ!」

 シグルドをさっくりと撃沈したヒルダ嬢はこちらに振り向いて説明を始めた。

「実はですね……」

 王都の近くには有名な温泉があり、王族だけが使用できる施設があるという。王子であるシグルドと、その友人ということで俺たちも一緒にどうか? という話だった。

「アレク! 行こうよ!」

 愛する妻の一言に、俺は首を縦に振る以外の選択肢はなかったとだけ言っておく。


「「ふわあああああああ!!」」

 本来なら馬車で一日かかるところをフェイに乗ってひとっ飛びだった。上空から見える湯煙にナージャとエイルがそっくりな表情で歓声を上げている。

 温泉街の少し手前でフェイから降りる。そうして徒歩で温泉宿に着いた。


「早速風呂に入るぞ!」

 シグルドの一言にヒルダ嬢が反応する。

「お待ちください! まさか……」

「あ、いや、無論のこと、男女はわけるぞ?」

「そう、ですわよね?」

 少し複雑な表情でヒルダ嬢が応える。彼女は俺とシグルドは後から来るようにと念を押され、部屋で雑談をして時間をつぶしていたが……。

「では、アレクよ。行こうか」

「あ、ああ。ってなんでそんな決意を固めたような顔してるの?」

「ふ、わかっているだろう?」

 村の悪ガキ連中と同じ顔をしている。言外に覗きをしに行こうというのは理解できた。

「んー、やめといた方が……」

「止めるな。男にはやらねばならん時があるのだ!」

 セリフだけを聞けばじつに男らしい一言である。しかし内容がひどすぎた。

「お主が来ないならばそれで良い。俺は一人でも行くとしよう!」

 そう言い残してシグルドは部屋を出て行った。


 しばらくすると女湯の方からまるで攻撃魔法が直撃したような轟音と、ヒルダ嬢の怒りに満ちた声が聞こえてくる。

「シグルド! あなたという人は!」

「待て、ヒルダ、誤解だ!」

「問答無用!」

「なに!? その呪文は!?」

「うふふふふふ、破廉恥な人は処刑ですわ!」

「うぎゃああああああああああああああ!!!」


 俺の探知によると、女湯の周囲には侵入者を退けるためのトラップや結界が張り巡らされていた。というか、当のシグルドがそんなことを計算に入れていないわけがないと思っていたが、やはりというか、ヒルダ嬢の方が一枚上手だったのだろう。


 そうして俺は男湯と書かれた扉をくぐる。その先には……。

「パパ!」

 ナージャとエイルはゆったりと温泉を楽しんでいた。フェイもぷかぷかと湯に浮かんでいる。

「やっぱりこっちにいたのか」

「うん、だって貸し切りだし、ヒルダさんがね……」

 当然だが、シグルドが覗きに行くと言い出した時、俺は知覚魔法でナージャとエイルの居場所を確認した。二人が女湯にいるならば、俺は全力で阻止しただろう。俺には大事な嫁と娘の裸を他人に見せる趣味はない。

 だからシグルドは俺が阻止しなかった時点でおかしいと思わなければならなかったのだ。


「にゅふー。気持ちいいね」

 隣に座ったナージャがこてんと俺の肩に体を預けてくる。エイルとフェイは先に上がっていたのでこの風呂は二人きりだ……というあたりで隣から聞こえてくる戦闘の音が途絶えた。破壊音のかわりに聞こえてきた会話は……。

「そんなにナージャさんの裸が見たいのですか?」

「違う、俺が見たいのはお前だけだ!」

「そんな言葉でごまかされませんわ!」

「ごまかしてなどおらぬ! 俺は昔からお前だけを見ていたのだぞ?」

 なんか、うん、犬も食わないようなやり取りだった。


「なんだかんだで、あの二人は仲良しさんだよね」

「ああ、そうだな」

「たぶん、二人ともこうなるって予想してたんじゃない?」

「あー、そうなんだろうな」

 俺の返事にナージャはにっこり笑って、俺に寄り添ってきた。

 その後、風呂から上がってから、ナージャが隣を見に行くと、のぼせ上ったヒルダとシグルドがひっくり返っていたのだった。

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