白の龍騎士

「そうさのう、何から話すかのう……」


 エルフの里、帝国軍部隊の襲撃を退けた後、儂はアレクとナージャに向き合って話していた。

 何しろ、儂がニーズヘッグを討ったことは少なくともアレクは知らなんだ。英雄たる白の竜騎士のおとぎ話は知っていても、あの悲惨な戦いの詳細は語られていない。

 それでも、かつての儂の冒険が孫の助けになるならとこれまで語ることのなかった話をすると決め、記憶の彼方からかつての冒険を掘り起こした。


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 俺の名前はアクセル。冒険者だ。

 仲間からは困った人を見捨てられないお人よしと言われている。まあ事実だ。

 そうやって多少強い腕っぷしを生かして魔物退治とかを請け負っていたら、酒場の吟遊詩人の言葉を借りると「運命の導き」ってやつなのかねえ? ドラゴンを討ち取る手柄を立てちまった。


 世界は闇に包まれつつあった。どっかの阿呆な冒険者が黒の龍王の怒りを買った。それも龍の家族をだまし討ちで殺すという最悪なやり方でだ。

 それまでは穏やかな性質であった黒き竜王は自らに「ニーズヘッグ」を名乗った。それ以降世界は彼の龍王と戦い続け、同時に負け続けている。


 さて、ドラゴンスレイヤーとなった俺に王宮から呼び出しが来た。ギルドからも来るんじゃないかって言われてたからまあ、予想の範囲だ。

 王都の城壁すら戦いの後が刻まれている。人々を守るため王様が奮闘している証だろう。


 謁見の間で、居並ぶ騎士たちに見守られ? むしろ見張られ? ながら王様の言葉を聞いた。

 まずは人々を苦しめていたドラゴンを討ったことへの報奨、そして本題が言い渡された。


「竜殺しの勇者よ。祖龍たるミドガルズオルムの名において汝に命ずる。彼の黒龍王を討つのだ」

「ははっ! 謹んでお受けいたします」

「しかし人の身で彼の龍王を討つことは不可能である」

 なら命じるんじゃねえよと悪態をつきかけたがそこはぐっとこらえた。

「故にその手立てを授ける」

 取りあえず冒険者家業では見たこともないような量の金貨を渡された。これを持ち逃げしたらたぶん、死ぬまで食うには困らないだろう。

「ニーズヘッグの炎で鍛えた剣である」

 真っ黒に染まった刀身は血に濡れたようなつやがあり、柄に埋め込まれた宝玉からは龍の魔力を感じた。


「住んでいた村を焼き払われた鍛冶師の無念が込められておる。この剣は龍殺しの剣、グラムという」

「なるほど、龍の血を浴びた俺に反応していますね」

 剣を受け取ると同時に言葉が聞こえたような気がした。

「ニクイ、ニクイ、ナンジニネガウ。カノリュウヲホロボスノダ!」

 

 そして翌日、俺は独りで旅に出た。ともに戦ってきた仲間は王都に残ってもらった。

 これから向かうのは白龍山。白い竜王が住まう場所とされている。

 

 山道を歩き、坂を上るとふと場の空気が変わった。視線を感じてふと見ると、大きなフクロウがこちらを見ていた。


「人間よ。ここは龍王フレースヴェルグ様の住まう場所なり」

「ああ、わかっている。お前さんは龍王様の眷属かい?」

「……龍王に用の無き者を通すわけには行かぬ」

「用ならあるさ。黒龍王を止める。そのための力をお借りしたい」

「ほう? されどそれは人の身に余る望みよ」

「なら人間辞めてでもやってやるさ」

「龍王の力を借りるということ、わかっているようであるな。されば謁見の許可を出そう。このまま道を進むがよい」

「へえ、いいのか。ありがとよ」


 フクロウに手を売ると俺はそのまま歩きだした。俺の向かう先を確認したのか枝を蹴って飛び上がると、一直線に山頂に向かって飛び去った。


「でえええええい!」

 当然のように野生の獣に襲い掛かられ、手に持ったグラムで斬り伏せる。確かに上って来いとは言っていた。ただしそれは一切の障害がないというわけでもなかった。

 というか、強大な龍王の魔力によって生態系が揺らいでいるのか、半ばダンジョンと化している。

 魔力を浴びて変移した狼やらクマやら鳥やらがひっきりなしに襲ってくる。ただ、龍の魔力を帯びているためか、グラムが効果を発揮し、それこそ手ごたえすらないような切れ味で真っ二つになっっていくのには……ちょっと引いた。


 山道にも終わりはやってくる。山頂は少し開けた地形になっているようだ。それこそ山のてっぺんをスパっと水平に切り取ったかのように。

 そして、その広場の真ん中には、一本の大きな樹がそびえたっていた。

 

「ホウ、五体満足でここまでたどり着いたか。見事である」


 樹のてっぺんには入り口で言葉を交わしたフクロウがいた。ギラリとその目が輝くとすさまじいまでの魔力が周囲に放たれる。


「まさか……」

「ククク、左様、我こそがフレースヴェルグである」


 暴風のような魔力が吹き荒れ思わず顔をかばう。一瞬途絶えた視界にまずいと思い後ろに飛んで距離をとる。しかし攻撃されることはなかったが替わりに、巨大な樹木を覆い隠すほどの体躯のフェザードラゴンがそこに在った。


「GYAAAAAAAAAAAAAA!!」


 魔力のこもった咆哮に耐えつつ右手に持った剣をあらためて握りなおす。世界の脅威となっている黒龍ニーズヘッグを討つために鍛えられた剣は、龍の魔力を感じ取ってわずかに拍動していた。


「行くぞ相棒」

 剣の柄に埋め込まれた宝玉が瞬く。


 唐突に浴びせられたブレスは無意識に振るった剣に斬り裂かれた。


「見事なり、その調子で我が試練を乗り越えるのだ。人の勇者よ」


 こうして一昼夜にわたる戦いが始まったのだ。

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