誓いの果て
戦いは拮抗していた。というか、相手も本気ではないのだろう、基本は高所からのブレス攻撃で、龍殺しの剣は龍の魔力に反応してそれに対抗する。
時には急降下してきてカギ爪での攻撃もあったが、幾多もの魔物との戦いで見に着いた技はその攻撃をものともしなかった。
あとは俺の気力、体力がどこまで持つか……と思っていたが、一晩中戦っていたにもかかわらず、俺の体力は減っていなかった。
どうもこの剣の効果らしい。
「ふはははははは、見事じゃ。人の勇者よ。貴様の強さ、覚悟。我がしかと見届けたり!」
うん、何だろう、この不完全燃焼な感じ。それでも、暴風のように吹き荒れていた龍王の魔力が収まっているのを感じた。
「転」
呪を一言口にすると、そこには白髪、白装束の青年が立っていた。年のころは俺と変わらないくらいだろうか。
「ああ、すまぬな。龍の姿では話がしづらかろうと思ってな」
「あ、ああ。貴方がフレースヴェルグ様?」
「うむ、白の龍王と呼ばれておる」
「ならばお力添えを願いたい」
「……彼のものを殺す気か?」
ニーズヘッグを殺す? そんなことができるのか?
そもそも彼の龍王の怒りを呼び覚ましたのは欲深い人間の罪だ。彼の龍王は静かにひっそりと暮らすことを望んでいたと聞く。
「……殺したくはありません。ですが、怒りと憎しみにとらわれた姿はあまりに無残。それより解き放つことができればと思っております」
「ふむ。龍王の血とその身体。眼と心臓を手にすればそれは人である枠を超えた力を得る。たとえば王国の祖のようにな」
「ミドガルズオルムのことでしょうか? ならば答えます。わたしの望みはニーズヘッグとなり果てる前の竜王と同じにございます」
「世界を手にできるような力は要らんと?」
フレースヴェルグ様の眼が紅く輝く。それはすべての偽りを暴く龍の眼だ。
「俺はね、惚れた女とその間にできた子供とでね、故郷の村で穏やかに暮らしたいのです。ただまあ、こんなご時世なので普通じゃいられないってのがまあ、ややこしい限りですけどねえ」
だから思うことを素直にぶちまけた。妻、ニーナは王都に置いてきた。人間をやめるのは俺だけでいい。
「よかろう。ところでな」
「はい」
「我と黒は敵同士でな」
「はい!?」
「龍族の歌姫に共に惚れてなあ。その麗しき姫は眷属を従えいっぱしの王になっていた我になびかず、ただいつも姫が歌う場の片隅にいただけの黒を選んだのだよ」
「それは……」
「のちに人と戦うようになった黒がニーズヘッグと名乗るきっかけになった、子を得て、直後に最愛の妻を失ったこと。彼の姫君を守り切れなんだあの馬鹿者に我も一言言ってやらねばと思うていたところよ」
フレースヴェルグ様の眼は俺ではなく、もっと遠く、それこそ過ぎ去った過去を見ているようだった。
「ぬん!」
フレースヴェルグ様がその手に魔力を集約させると、手には槍が握られていた。
「我の爪牙を貴様に預ける。ただ一度だけだがいかなる龍王の守りも貫くであろうよ」
「……ご助力かたじけなく」
「ふむ、我も久しぶりに外出するとしようかの」
分わっと急激に魔力が広がると、足元から吹き付けてくる風を受けて宙を舞う」
「ふむ、しっかりと掴まっておるがよいぞ」
俺はいつの間にやらフレースヴェルグ様の背中にあった。恐ろしい速度で景色が流れてゆくが、風圧などは全く感じない。
そうして、歩くと半月ほどもかかった道のりは、わずか半時ほどで過ぎ去り、王都の広場に見かけ上は俺がフレースヴェルグ様を駆って王都へと帰りついたように見えた。
巨大なドラゴンが王都の中心にいきなり降り立ったのだから大騒ぎになっている。広場につながる道は兵士が埋め尽くし、こわごわと槍先を構えていた。
「やりすぎだ!」
「ふん、こうしておけば貴様の格も上がろうと言うものであろうが。違うか? アクセルよ」
「……アクセルというのは冒険者に付けられたあだ名みたいなもんでしてね。親から
名はアディンと言います」
「そうか、なればその真なる名において盟約を結ぶぞ」
「はい!?」
「我が名はフレースヴェルグ、白の龍王なり。我が試練を乗り越えた勇者アクセルに我が加護を与える」
一瞬呆然としていたが、ここで一芝居撃たないと格好がつかないことに思い当たった。あわてて純白の槍を構えて叫ぶ。
「我が名においてここに誓う。黒の龍王の暴虐を食い止め、世界に平和をもたらさんことを」
「「「わあああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」
広場の周囲に満ちていた王都の住民は歓呼の声をあげた。龍王の威に打たれて震えていた兵たちも歓喜の表情を浮かべ槍先を天上に向けて突き上げる。
「その誓い、始祖龍の末裔たる我が見届けた! 勇者アクセルよ。龍王の騎士となりて黒の龍王を止めるのだ!」
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「そこからはまあ、お前らがよく知ってる話と同じだよ。王は軍を発し、ニーズヘッグの眷属たちにいくさを挑んだ。儂はその先頭に立ってニーズヘッグに迫り、フレースヴェルグ様と共に……ニーズヘッグの心臓に誓いの槍を突きたてたわけじゃ」
「お父様、お爺ちゃん……」
ナージャが涙ぐんでいる。そしてアレクも目を潤ませながら意味の分からんことを言った。
「爺ちゃん。ニーズヘッグが「ありがとう」って」
「ほう? そうかそうか。いつか儂があの世に行ったら直接聞かせてもらうさ」
「ああ、って縁起でもないこと言うなクソジジイ!」
「そうです。エイルもおじいちゃんがいなくなったら悲しみますよ」
ナージャの膝の上ですやすやと眠る幼子に目をやると、この子の成長を彼の宿敵への土産話にするのもよいかと思うた。
その翌日、まさかその相手が復活するなどとは夢にも思わずに。
「コミカライズ連載中」スキル0冒険者の俺、結婚して龍王の騎士となる 響恭也 @k_hibiki
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