30話 お爺ちゃんとエイル

(おい、婿殿。ちと試したいことがあってな。すまんが孫と手をつないでくれんか?)


 唐突にお義父さんが言い出した。


「へ? なんなんですか?」


(いいから早くしてくれ)


 ナージャと遊んでいるエイルを手招きする。突進してきた。一歩踏み出すごとに地面に穴が開く。


「ぱぱー!!」


 肩と背中から体当たりしてきた。これなんかの武術であるやつだよなあ。と思いつつやんわり受け止める。


 抱きとめた瞬間ぽこんと音がして、ドラゴンの姿になっていた。


 もふもふの毛並みに癒される。


(あー、あー、エイルよ。我の声が聞こえておるか?)


 俺には聞こえている。けどまあ、ここは様子を見ようか。


「ほえ?」 


 なんかきょろきょろしている。聞こえているのか……?


(我が名はニーズヘッグ。お前の祖父に当たるものだ)


「……祖父ってなあに?」


 うん、聞こえてた。そしてきょとんと首をかしげるもふもふになんかいろいろ腰砕けになる。可愛すぎるんじゃ。


「エイル、お爺ちゃんだよ」


「おじいちゃんはアクセルおじーちゃんだよ?」


「ナージャ、そんなことまで教えてたのか……」


「うん、ままを助けてくれた人なの!」


「ああ、アクセルはパパのお爺ちゃんだよ。でね、この声は……」


「うん、わかる。ままとおんなじ……ちょっとこわいけど、とってもやさしいの!」


 ぽわんとした顔で笑う。ナージャの子供のころを思い出した。それは俺と視覚を同調させたお義父さんも同じだったようだ。


(アクセルよ、我が好敵手よ、汝とは命を奪い合った仲だが、今ここにおいて感謝の念しかない。ぬおおおおおおおおおおおおおお!!!!)


「ええい、人の頭の中で叫ぶんじゃねえ!」


「ぱぱ、ニーズおじいちゃんどうしたの?」


「二ーズ……またきっぱりと略したなあ。じゃなくて、エイルに会えてうれしいんだよ」


「そっかー、わたしもうれしいよ!」


 なんか、俺の脳内でお義父さんが大号泣している。いい年したおっさんが泣くのは非常に見苦しいが、それはそれとして、エイルが喜んでいるのは親としてもうれしい。


 ちなみに、同じようなことをナージャに試したがなぜか声は届かなかったそうだ。


 生まれる時に、ニーズヘッグの魔力をほとんど使えなかったのが原因なのかもしれない。俺の力の源はニーズヘッグの左眼だから、そこから何らかの「つながり」が生じたのだろうか。




 ふと思いついて、俺はエイルと手をつなぐ。そして反対の手をナージャにつないでもらう。


「お義父さん。これでもう一回やってみようか」


(う、うむ。あー、あー。我の声変じゃない?)


「はい、大丈夫ですよ。お父様……」


 テストのつもりで出した声が即座にナージャにダイレクトで響いた。俺とエイルとの間にはつながりがある。エイルとナージャにもだ。ならば、と考えたわけだ。


 ナージャは親の顔を知らない。ナージャが生まれたときは母は討たれ、父は封印されていた。


 爺ちゃんがフレースヴェルグ様の力を借りて、卵を孵したと聞いている。


 そして俺は義父の力を宿す時、その姿を見た。かりそめの幻であっても、だ。


「ああ、お父様。こんな声だったのね……ふふ、思っていたよりも渋いです」


(ナージャ、ナージャよ! 我が娘よ! 我の声が届いたか! おおおおお!)


 ナージャは感極まって涙を流している。顔はくしゃくしゃに歪んでいるが、それでも歓喜は伝わってきた。死に別れた父と会えたのだから。


「ままー、お爺ちゃんすごいね。眼だけになってるのにね」


 なんというか、ドラゴン族の本能なのか、いろいろと龍の生態を理解しているようだ。


「そうね、おじいちゃんは強いドラゴンだったの。エイルも強くならなきゃね」


「うん、がんばるー!」




 そして、ニーズヘッグの直接指導が始まった。


(力の総量が少ないのは幼き故にしかたない。だが使い方を学べばより効率よく戦える)


「いや、なんというか、子供になに教えてるんですかあなた」


(ほう、では貴様はこの子が素材として解体されても良いというのか?)


「世界滅ぼしますよ?」


(で、あろうが。なればこそ我はこの子に力の使い方を学ばせるのじゃ。世界のためにな)


「理解しました!」




「えーッと……うにゅにゅにゅにょにょ……」


 ただうなっているだけにしか聞こえないが、これは高密度な音階を使った圧縮言語というやつだ。龍魔法、いわゆるドラゴン・ロアを使うには不可欠らしい。


 俺は人の身体がベースのため使えない。ナージャはそもそも言語を知らないようだ。それで、いまエイルと一緒に学んでいる。そしてナージャは天才というやつらしい。


 一度聞いた呪文の内容、音階まですべてマスターしている。お義父さんは大喜びだった。


(あれの母も龍族の中では不世出の歌姫であったな。我は妻の歌声に一目ぼれしてな。50年くらい口説いたわ)


 うん、そんなのろけ&なれそめを聞かせてどうするつもりか。


(しかしエイルは攻撃魔法はともかく、治癒魔法、防御魔法への適性がやたら高いな。名前通りか)


 女神エイルは慈悲の女神である。傷ついたものを癒し、時には死者をすら蘇生させたらしい。


「りざれくしょーん!」


 うん、なんか、高位の白魔導士か司祭でもないと使えないはずの治癒魔法の名前が聞こえてきた。地面に魔法陣が現れ、その中央にいた……瀕死のリスの傷がふさがっていく。


 意識を取り戻したリスはエイルの方に駆け寄り、差し出した手を駆け上がってその頬っぺたにすりすりしていた。


「あはははーくすぐったいー」


 うん、なんというか、龍の高密度な魔力を浴びて眷属化してるな。多分並みの冒険者では討伐できないレベルだ。


 あれは癒したというよりも、体を再構成したに等しい。それもよりによって龍の魔力で、だ。


「エイル、マイナーヒールは使えるかい?」


「うん、できるよー」


「じゃあ、今度からはそれで治すんだよ」


「えー、だってリスさん死んじゃいそうだったから……」


 涙目でウルウルと上目遣いをされて、俺はあっさりと陥落した。


「そうか、じゃあ仕方ないな」


 そうして、エイルの頭を撫でていると、エイルがリスに名前を付けようとしている。


「あ、まて!」


 遅かった。リンドと名付けられたリスはエイルの眷属となり、もふもふ毛並みと、その回復魔法で仲間を癒す存在となるのだった。

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